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時代と共に移り行く甲子園の風景。大正から21世紀まで…

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2013.08.27

完成当初は全面土グラウンドだった甲子園

阪神甲子園球場が誕生したのは今から89年前の1924年(大正13年)。当然のことながら、時代と共にその様相を変えてきた。

完成当初は内野席が鉄筋コンクリートで50段、外野席は土盛りで20段、5万人収容を誇る東洋一の大球場だった。グラウンドは両翼110m、中堅119m、左右中間128mという、途方もない広さ。

まだ芝生は植えられておらず全面土で、2年後ぐらいには外野部分にクローバーのような雑草が生えていた。外野に芝生が植えられるのは1929年(昭和4年)のことである。

アルプススタンドが完成

その年、土盛りだった外野に近い内野部分が内野席と同じ鉄筋コンクリートになり、高さも同じ50段の立派なスタンドになった。これがアルプススタンドと名付けられたが、漫画家の岡本一平が朝日新聞に絵入りで「アルプスを連想させる」と書いたのがきっかけと言われている。

大阪朝日新聞社の編集局の藤木九三との会話から生まれたのだそうだ。藤木はアルプス三大北壁の一つ、マッターホルンに登頂したことがあり、その時の景色を思い出したという。

また、まだ小さかった岡本一平の息子が、真夏に白いシャツを着ているスタンドの群衆を見て「アルプスのようだね」と呟いたという説もある。その息子というのが「芸術は爆発だ!」で有名な岡本太郎だ。

甲子園にはヒマラヤスタンドまであった!?

アルプススタンドの完成により収容人員は増えたが、それでも客は溢れる一方だった。そこで1936年(昭和11年)、土盛りだった外野席も鉄筋コンクリートにし、高さも内野席やアルプススタンドと同じ50段となった。これにより、収容人員は6万人になったのである。

アメリカの球場は内野席こそ2層か3層で高くなっているが、外野席は低く造られている。つまり甲子園の外野席はアメリカでも類を見ない、高いスタンドということだ。1層式でこれだけの収容人員を誇る球場も他にはないだろう。ちなみにこの外野席、完成当初はヒマラヤスタンドという愛称が付けられた。しかし、こちらの方は定着しなかった。

ラッキーゾーンが出現

戦後になり、プロ野球人気を推進させようと各球団が頭をひねった。その一つがホームラン量産計画である。甲子園はアルプス席や外野席の拡張でグラウンドは完成当初より狭くはなっていたが、それでも他球場に比べるとまだまだ広かった。そこで考え出されたのがラッキーゾーンである。

ラッキーゾーンはグラウンド内に金網を立てるだけなので大した費用はかからない。1947年(昭和22年)に設置されたラッキーゾーンはホームラン時代の象徴となった。両翼は95mから86.8m(後に91mに拡張)、左右中間は118mから108.5mに縮められた。

ラッキーゾーン内にはブルペンも造られ、甲子園の代名詞ともなった。1956年(昭和31年)にはナイター設備も完成、まさしくプロ野球ブームを迎えることとなる。

芝生の常緑化に成功

甲子園の外野に生えている芝生は冬になると枯れてしまっていた。これは甲子園だけの現象ではなく、日本は芝生が育ちにくい気候だったため、常緑の天然芝は不可能とされていたのである。しかし、その常識を打ち破ったのが甲子園だった。

1983年(昭和58年)、春のセンバツでは外野の芝生が緑眩しく輝いていた。例年、この時期の芝生は茶色く枯れている。実はこの冬にアメリカ産の牧草であるペンハインが育ち、二毛作に成功したのだ。甲子園の技術は他球場や競技場にも活かされ、日本の有名なスタジアムはほとんどの芝生が常緑となった。言わば甲子園が日本のスポーツシーンを変えたのである。

伝統を守りつつ、進化を続ける甲子園

甲子(きのえね)の年、即ち還暦を迎えた1984年(昭和59年)には、手書きだったスコアボードが電光掲示板化。白色ブラウン管の採用によって伝統を守りつつ、最新鋭のスコアボードとなった。

スタンドは快適性が図られ、スタンド改修のたびに6万人→5万8千人→5万5千人→5万3千人となり、現在では47,757人で、収容人員は減っているものの座席は広く快適になった。

また、日本にはアメリカに負けない広い球場が次々とできたため、1992年(平成4年)に甲子園はラッキーゾーンを撤去した。作られたホームランではなく、国際舞台でも通用するホームランをファンは求めるようになったのである。

2007年(平成19年)からは大改修工事が行われ、名物の大銀傘は柱がなくなって見やすくなり、さらに内野席全体を覆うようになった。内野席はライナービジョンも設置され、時代の最先端を行く設備が整った。

ただし、ドーム化だけは却下された。大正解である。甲子園での野球は、あくまで大空の下でやるべきだ。来年で90歳を迎える甲子園。これからも伝統を守りつつ、さらなる進化を遂げるだろう。

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