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甲子園の外壁を覆っていた蔦。それは圧倒的な存在感だった!

初めて行った甲子園、蔦の存在感に圧倒された

筆者が初めて生の野球観戦をしたのは小学校三年生の夏休み。日生球場でのナイトゲームだった。日生球場は大阪のド真ん中にあり、コンクリートが剥き出しの無機質な球場だったが、球場初体験の筆者は、野球場とはそんなもんだ、という感想しか持たなかった。

その何週間後かに、初めて阪神甲子園球場に行った。夏の高校野球で、当然昼間のゲームである。地元のPL学園の試合で、大阪府富田林市から応援バスが出ていたので、母と姉と3人で乗り込んだ。しかし当時の筆者はバス酔いが酷くて、道中は地獄だったことを憶えている。

長い時間をかけて甲子園に到着した時、もう既にフラフラだった。しかし、その時に筆者の目に飛び込んできた光景を今も忘れない。目の前にあったのは、甲子園の外壁を覆う蔦だった。

「野球場とは日生球場のようなもの」と思い込んでいた筆者は、甲子園の蔦に圧倒されてしまった。同じ野球場でも、日生球場と甲子園とではこんなにも違うのか。蔦を見た瞬間に「甲子園とは特別な球場」と筆者の脳にインプットされてしまったのだ。

大正時代から続く蔦

甲子園が完成したのが1924年(大正13年)。中等野球(現在の高校野球)人気で甲子園は大盛況となったが、コンクリート剥き出しの殺風景な外壁はどうにかならないか、と問題になった。

そこで「ひとつ、蔦でも植えてみたらいいんじゃないの。蔦は繁殖力が強いし、外壁に絡まると西洋の古城みたいで雰囲気が出るかもよ」という意見が出て、「それはいい」ということで、その年の冬に蔦が植えられた。蔦はみるみる育ち、甲子園の外壁を覆って、独特の雰囲気を醸し出すようになったのである。

蔦の存在は、他の球場との違いを浮き彫りにした。また、蔦のおかげで甲子園が季節によって全く違う貌を魅せる。

春。まだ枯れている蔦は、逆に甲子園の外側に植えられている桜の満開を演出する。
夏。蔦の葉は青々と茂り、まさしく夏真っ盛りの様相だ。
秋。蔦の葉は赤く染まり、鮮やかな彩りとなる。
冬。蔦は再び枯れ、春の訪れを待つ。

甲子園とは単なる球場ではなく、日本野球の城なのだ。それを体現するのが蔦である。他の球場では、こんな情緒ある風景は絶対に出て来ない。

現在では伐採された蔦。いつか復活する日を夢見て……

残念ながら、現在では甲子園の蔦を見ることはできない。2007年(平成19年)から始まった甲子園のリニューアル工事のために、蔦は伐採されたからだ。それでもリニューアル工事が終わった現在、再び甲子園の外壁に蔦が植えられている。まだまだ、甲子園を覆う規模とは程遠いが……。

それでも、数年後には再び鮮やかな蔦が甲子園を彩ることになるだろう。その時にこそ、本当の意味での新生・甲子園が完成する。

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