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交通手段がいくら発達しても今も昔も変わらない人々の意識とは?

リニアモーターカーに乗れる日がくるかもしれませんよ!

リニアモーターカーに乗れるのも実現する日が近くなってきているようですが、30年以上も前に実験をしている所へ見に行った憶えがあります。単純に凄く速い!というのが見た印象でしたが、あの凄い乗り物に実際に乗れる日があと少しだと聞くと夢のような気もします。

乗る人と乗らない人の違いとは何か?

しかし、いくら暇とお金があったとしても、乗らない人は乗らないんだろうな~とも思います。実際に空を飛んで遠くの国にも行ける飛行機がありますが、行かない人はどこへも行きませんし、飛行機が無い時代であっても行きたい人は船を使ってでも行ったりしています。

交通手段とは関係なしに、行く人と行かない人の違いとは何なのでしょうか?興味がないからといってはそれ迄ですが、では興味がある人と無い人との違いというものがどこかにあるのかもしれません。興味が無い人というのは、今の状況に満足をしているからという人もいるでしょう。

行こうと思えばいつでも行けるけれども、行く必用性を感じないといったところでしょうか。あとは、どんな乗り物でも100%安全な乗り物というものはありませんので、危険を冒してまで行きたくはないという人もいるかもしれません。

冒険者の条件とは何?

確かに、太古でも人が海を渡ったりする場合はもっと肥沃な土地を求めてといったように、現状よりも条件の良い場所を探す為といったケースが多かったと聞きます。冒険者のように、好奇心だけで危険を顧みずどんな交通手段でもというケースもあったでしょう。

現代でも、イカダで太平洋を横断とか冒険の為に命を賭けている人もいますが、昔からそういった人はいたのだと思います。この好奇心というものがあるからこそ、海を渡ったり山を登るといった冒険とは違っても、様々な分野で新しい発見があるのかもしれません。

希望を過去形で語る人は本気ではなかった?

よく、アレもコレもしたかったとか、行きたかったけど行けなかったのは環境や周りの人のせいだと言う人がいますが、本当にやりたい事があったり行きたい所があるという人は、人の言う事なんか聞かないという人のほうが多いものです。

それで失敗したとしても、行かなかったよりは良かったと思うからこそ危険な冒険に何度でも行くのかもしれませんね。交通手段がいくら発達したとしてもどこにも行かない人と、交通手段が発達してないにも関わらず遠くへ行こうとする人との違いは、好奇心の差なのかもしれません。

かといって好奇心があるからいいとか、好奇心が無いから悪いなどと一概には言えません。人には動の役割と静の役割というものがあるかもしれないからです。攻める人生もあれば、守る人生があるからこそ文明というものも築けるのかな?と思う今日この頃です。皆様はどのように考えるでしょうか?

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