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大人と子供の筋道の違い!けじめのある生き方とは何だろうかを考える

筋道にもいろいろあります。論理の筋、人情の筋、社会の筋、法的な筋、企業の筋――等々、観点によって千差万別だと言えます。ここでは、子供や若者の筋道と、成人し経験豊富な大人の筋道との相違について考えてみましょう。そして男らしい自分の筋道を立てて生きる方法についても。

青年の純粋さと未熟さ

子供の感じる筋道は単純です。自分の五欲が中心で、最大の庇護者が親ですから、それに味方するものが善で、それを妨げるものが悪です。子供は純真だと言いますが、他者の痛みを理解できない段階の子供はとても残酷です。いじめはそこから起こります。個体維持本能のかたまりだととらえて、大体間違いないでしょう。

青年になると社会性が出てきて、最大多数の最大幸福的な倫理観も持つようになりますし、権利・義務の意識や、奉仕の喜びなどにも目覚めてきます。でも性欲・食欲などは非常に盛んなので、得てしてそれに振り回されがちです。

論理も単調で純粋な反面、未熟なせいで思い込みに走って他と敵対しやすい世代だと言えましょう。甘えも目立ちます。権利を主張し義務を軽んじるきらいも見受けられます。

神も個人も世間もなくしてしまった

日本社会の道徳的筋道は「恥」「恩」「義理」の3つから成り立っていると言われてきました。でも近年は社会の変化に伴って、随分変わってきました。向こう三軒両隣が支えてきた「世間の目」が、あまり働かなくなってしまったためでしょう。

欧米のような「神」を持たない日本人は、倫理のよりどころをなくして迷っています。また、欧米のような「個」の意識も確立はされていませんので、いわば惨憺たるカオス状態に陥っているという見方もできます。

「神」もなく「個人」もなく「世間」さえ見失ってしまったとすれば、一体この国の人々はどこへ行こうとしているのでしょうか。換言すれば、大人の筋道がバラバラに分解されて、仕方なく大雑把な「金権主義」に染められているのが、今の日本の平均的な大人たちだと言えるかもしれません。

カオスの中に筋道を立てる必要

日本には八百万の神々がおわしますけれども、幸か不幸かあの神々は倫理性というものをほとんど持ち合わせていません。教義や聖典があり教会の布教活動があってこそ「宗教」なのですが、神道には始祖も教義も教団もなく、布教活動もありません。各地の「祭」があるだけです。

昔の庶民は「儒教」の教えを下敷きにして暮らしに筋を立てていました。しかし今では「儒教」と聞いただけで、「封建的な教え」だと誤解して忌避する人が少なくありません。

ならば、成人し熟年に達した大人たちは、若者の自己中心的な行動哲学にどう向き合えばよいのでしょうか。ジェネレーションギャップはいかなる時代にもありましたし、あって当然です。カオスの中から筋道を立てて、日本男児の名に恥じない人生観を打ち立てなければなりません。

筋道は大事なもので、体の中心をこれが貫いていなければ立っていられません。クラゲがネクタイしているようなオヤジでは、若者に顔向けできませんよね。

けじめをつけるという筋道

では、「筋道」とは何なんでしょう。一面から言えば、それは「けじめ」をつけることだと言えましょう。日本人は「けじめ」の好きな国民です。例えば正月は全ての「ものの始め」として、命に「けじめ」を噛ませるものです。

「年」そのものが生まれ変わる秘事が正月であり、「新魂(あらたま)」とは魂そのものが新たに生まれることを意味しています。お年玉は「年魂」のことでした。

歳月は人の命とともにあり、むしろ歳月は命なのです。年は「とし(疾し)」に通じ、時の流れが人間の意識を運んで一切を変化させるととらえていました。日本人は四季の移ろいを人生そのものと見なして生きてきました。

「けじめ」を単なる「形式」だとして軽んじることは子供の発想です。「いただきます」「ごちそうさま」のない食事は食事ではなく、食餌です。「おはよう「おやすみ」のない一日は、節のない竹と同じで決して強靭ではあり得ません。リズムがあり高低・強弱があってこそ「音楽」になるように、命に「けじめ」をつけてこそ美しい人生になります。

これだけはしないという「けじめ」

「けじめ」はセレモニーでもあります。形式と伝統を生むものは「けじめ」なのです。それを捨てることは、生命を腐らせることにつながります。形式の複雑さが文化を生み、命の賛歌につながっていきます。

文化はしばしば効率や利便性とは逆行します。でも自己に誇りを抱き、「どんなことがあってもこれだけは絶対にしない」ということを魂にいくつか持つこと――それが精神の「けじめ」であり、子供の筋道から大人の筋道へと移行していくことになるでしょう。

あなたのけじめは、あなた自身が決めるほかありません。「これだけは誓ってしないぞ」という信念を持つか持たないかで、子供と大人の生き方の差がそこから生まれてくることを信じてみましょう。

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