自分を不幸だと思っている人は、幸せにはなれない?-[1/3]-
自分を不幸だと決めつけ、何もかも諦めてしまった人に何を言っても無駄です。前に踏み出す勇気には痛みや苦痛が伴います。
それでも、今が不幸なら、この試練を乗り越えたら幸せが待っているはずだと一歩前へ進みましょう。その一歩を踏み出せない人には幸せは来ないのです。ひと山越えたら幸せが待っているかもしれないのに・・・
人生諦めたら負けです!
人生勝ち負けではありませんが、自分が諦めてしまったらそこで自分の成長は終わってしまうのだと思います。幸せは人それぞれですが、私は幸せな人生とは「自分が満足した人生」だと思うのです。つまり、幸せとは、自分が決めるものなのです。
私の大学時代の友人で、いつも人を羨んでいる人がいます。彼女は、同窓会で集まるといつも自分の不幸を嘆くのです。お嬢様育ちだったのですが、選び過ぎた挙句結婚の時期を逃し、慌てて婚活をしてアラフォーで結婚をしました。
そのくせ、妥協して結婚したとか、給料が皆に比べて低いとか、「皆幸せそうでいいなぁ~うちなんか・・・・」でいつも不平は始まります。
おまけに彼女の不幸は重なります。結婚してすぐに交通事故に遭い、それも横断歩道をわたっていた時にトラックに接触されてしまったのです。
歩行者とトラックの交通事故ですから、彼女は気絶してしまって救急車で運ばれたのですが、見ていた人がいないということで、信号無視で彼女が横断歩道を渡っていた事になってしまったそうです。
それでも歩行者とトラックの事故ですから運送会社がしっかり保険で処理してくれたそうです。それでもトラックにはねられたのですから、生きている方が不思議なくらいの大怪我です。骨盤が砕け、両足骨折と左腕の複雑骨折で体に何本もボトルを入れて大手術の末、何とか骨は修復されました。
一生車いすかと心配されましたが、リハビリの結果杖をついていないとすぐに疲れてしまうそうですが、なんとか歩いてお買い物に行ける用にまで回復しました。ここまで来るのに4年かかりました。
初めは腕の複雑骨折で左関節の曲がりが悪く腕が十分に動かなかったので、手術をやり直し、ボトルを抜いて修復もしました。その手術も成功し、今は普通に腕が動いています。あまり重いものは持てないそうですが、ゆっくりでも料理も掃除もできるようになったそうです。
聞いているだけでも涙ぐましい努力です。「あれもできない、これもできない」が彼女の口癖です。でも、皆、「あれもできるようになった!これもできるようになった!」だと励まします。
だって皆話を聞いた時は一生寝たきりか車椅子かと本気で心配したのです。生きてるだけでも奇跡だと医師から言われたそうですから。
皆口を揃えて「生きてて良かったね」「歩けるようになって頑張ったね」と励ましているのに、彼女は「どうせ・・・・・・」です。
しかし、彼女は友人の親切を利用するようになったのです。半分は「どうして自分だけこんな目に・・・・・・」という彼女の心の叫びからだったのだと思います。子供もいて裕福な友人が羨ましかったのかもしれません。とうとう彼女は、頑張ることをやめてしまいました。
人生諦めたら負けなのです。自分に負けてしまったら、もう幸せから見放されたように心を閉ざしたのと同じです。幸せが目の前に有ってもわからないし、幸運の女神が通り過ぎても気がつかないので、自分から不幸の殻に閉じこもってしまうことになってしまうのです。