自分を大切にする事が周りの人間をも大切にするという幸福論
あなたは、人生を大切に生きていますか?他人を大切にして生きていますか?そして自分を大切にして生きているでしょうか?大切にする優先順位で一番上にくるのはなんだと思いますか?なんであるべきだ・・・ではなく、本当はなんであって欲しいかと考えた方が良いでしょう。
今回はわたくしが、自分を大切にするという考え方からすべてがはじまるという絶対普遍の法則をお教えします。この思考法を会得し、他人も、自分の人生も大事にし、豊かな人生をおくりましょう。それでははじめようと思います。どうぞ最後までおつきあいください。スタートです。
自分を大切にする事を最優先する
自分さえよければ良いという考え方は、他人を不幸にする。和を大事にしなさい、相手を思いやりなさい、協調性を重んじなさい・・・・過去幾度となく教えられてきた教育ですよね。耳にたこが出来る程聞かされてきました。わたしの場合は特にそうかもしれません。通信簿にもしょっちゅうかかれていましたからね(笑)
なので逆にこんな協調性の無い大人になってしまったのかもしれませんが(笑)。しかしまあ、自分を大切にした結果の選択なので、わたしはちっとも不満はありませんし、むしろ、この生き方が一番自分に向いているとさえ思いますよね。今はとても幸せですし。
人間にはいろんな人間がいて、向き不向き、出来る出来ないというものが存在します。人付き合いが得意な人もいれば、苦手な人もいて、足が速い人がいれば、遅い人もいる。ただの個性なので優劣ではありません。そして自分にぴったりの方法を見つけてその中で社会や人と共に生きて行く事が大事なんですよね。
ほとんどの人は、社会という先人達がひいてきたレールに乗っかり、自分をその既存のルールにあわせて生きようとします。つまり、自分の自我を変える事で、あわせる事で、人生を生き抜こうという考え方に生きるために変えて行ったというのが正しいでしょうね。
生活のためにお金が必要だから、家族を支えるために、自分の老後のために・・・とそのレールに乗っからないと生きて行けないと思い込み、自分を殺して滅私奉公です。だから不満ばかりが募り、仕事がおもしろくないと言ったり、苦しくてたまらないのに仕事をしないといけないという状態に陥る。
これは自分を大切にはしていないのです。出来ない事はしない方がいいです。仮にそれをしたとしても続きませんし、仮に続いたとしても、忍耐と辛抱と努力だけの人生って楽しいと思いますか?わたしはそんな不幸な人生は絶対にいやです。
人生はなるべく楽に、楽しく、無駄な苦しみを味わう事無く、幸せに生きていたいからです。以前仲良くなった女性で、わたしのこういう思考にいらだち、自分の仕事の苦労からわたしに当たり散らした事がありました。
最後には当たって悪かったとあやまってきましたが、結局は自分はこんな苦しい思いをしてるのに、こたつでぬくぬくやってる猫みたいな感じがするわたしに(笑)頭にきたんだと思うんです。
しかし、わたしはただ自分を大切にしてきただけであり、自分が望んだものを求めた結果が今の環境にあるわけで、わたしを責めてもその子の人生は変わりませんし、自分を責めても意味はありません。やるべきは、どうすればそういう人生が歩めるのだろうと考え動く事なんです。
自分を大切にする事は自己中心的ではないと知る
余程の人格者で無い限りは、自分に余裕が無いと他人になにかを与える事は絶対に出来ないと思います。たとえば簡単な例を挙げるなら、自分がお金が無い時に、自分の食費を削ってでも他人にお金をあげるという行為は、マザーテレサやガンジーなどの偉人クラスの行為であり、わたしたち凡人にはまず無理だし、やってはいけないと思います。
わたしは昔、自分の器の大きさがわからないのに他人を助けようとし、喜ばないとイヤな気分になるという悪循環を繰り返していました。そして双方とても苦しい思いもしてきました。なので、もう与えない事にしたんです。
正確には、与えないというよりは自分のそのときの精一杯を与えるという事です。出来る事だけで良い。無理はしない。出来ない事はすべて断る。やりたくない事はやりたくないと伝える。ただそれだけの事です。昔は、わたしはこれがまったく出来ず、かなり苦しみました。
パンクした事もありましたし、理解されずとても苦しんだ事もあります。これがきっかけで当時つきあっていた恋人と別れた事もありました(苦笑)。わたしがこの問題から学んだ事は、絶対に自分を最優先するという事なんですね。
人にどう思われようが、自分に余裕が無いのに他人の事まで構えないし、それだけの器が無い事もわかったんです。それは自己中などではなく、わたしにとっては周囲を大切に出来る最善の方法だと思います。