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懐かしさを呼び戻す、時の流れをゆるやかにしてくれる「ふるさと」について

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2013.11.20

多くの人が「ふるさと」という言葉でイメージしているものは、ひとつのユートピアなのかもしれません。少なくともそれは、何県の何町というような固有名詞とは、一定の距離を置いています。むしろ「ふるさと」は、心の在り方のイメージなのではないでしょうか。

疲れ切っている現代人

「ふるさと」の時間は、都会の大人のそれの如く、秒刻みではありませんでした。今の日本人を見ていると、何やら疲れ切っているように思われてなりません。

周囲には何でもあります。情報も24時間、取り放題です。キリのない刺激が次々と絶え間なく神経を叩きます。退屈などしていられない焦りが、生活の自然なリズムというものを粉々にしています。テレビのCМのように時間が分ごとにバラバラなのです。

秒刻みが病刻みに

それゆえ、人間が「病刻み」にされて、すっかり神経症のようです。便利で快適になったのと引き換えに、イライラ、ハラハラして一日にメリハリもなく、一年が嵐のように通り過ぎていきます。太陽や月や星を見ることもなくなり、自分の影法師さえ忘れて、誰もが互いに孤立し、まるで異邦人のようです。

余裕がなく画一化していく人々

物がふんだんであれば、生活は多彩になり、人の気持ちも豊かになるはずです。なのに、なぜか暮らしは画一化し、単調になり、平板化したように見えます。金と物に流されて渦を巻くだけの魂は、かえって貧困に落ち込むのです。

山路来てなにやらゆかしすみれ草――という芭蕉のゆとりは、遠い「ふるさと」に置き忘れてきてしまったのでしょうか。道端の花を見る余裕すら持てないのでしょうか。

ケジメのない街の暮らし

一輪の水仙のようなゆかしさを持った可憐な乙女が、街中にいなくなってしまったわけではありません。ただ、それを見つけ出すゆとりが、多くの大人たちに無くなったのです。

「暮らし」は、もとは「暗し」であり、日暮れになるまで起きて暮らすことでした。ところが今は、昼夜の区別なく街はざわめき、暮らしはだらだらとケジメをなくしています。繁華街は真夜中が一番賑やかです。時がケジメから見放され、秒針だけが忙しなくカチカチと音を立てています。

季節が死んでしまった

季節などは無機質化して、冷凍技術が一年中ニセモノの「旬」を売り物にしています。冷暖房が人間の皮膚感覚を壊し、体温調節機能もめちゃくちゃになっています。

それでなくても地球は温暖化し、異常気象がさまざまな天災を連続させて人類を脅かしています。その結果、季節が死に、人の時間感覚までが狂い始めていると思われてなりません。

日本のふるさとの心栄え

それに引き替え、誰もが心にかくまっている「ふるさと」の風景は、例えば菜の花畑に入日が薄れて、見渡す山の端にかすみが深くかかっていたりします。春風が頬を吹けば夕月が空にかかって、朧な影がゆったりと野の景色を包んでいきます。何という豊かな時間の流れがそこにはあることでしょうか。

童謡唱歌の世界に描かれた「日本のふるさと」の心栄えに懐かしさを感じ、たとえ一日に数分でもいい、そういう感性を呼び戻していたい。理屈と算盤に毒された日常から、ひととき精神を解放したいと願うのは、ごく自然なことでしょう。

死までの道中が人生

季節感が鈍り、忙しさに追いまくられていると、人間は時間が見えなくなります。新幹線で目的地にアッという間に到着してしまうと、途中経過が感じられなくなり「旅」ができなくなります。効率ばかり追えば、途中なんか不要です。

でも「旅」は元来、移動する経過を楽しむものなのです。「道中」と言うでしょう。人生そのものもそうです。目標は大切ですが、もっと大切なのは目標に至るまでの途中のあり方ではないですか。人生の終点は「死」でしょう。生まれて死ぬのが人間なのですから、生きるということは、死までの「道中」にほかなりません。

「ふるさと」はタイムマシン

人は加齢によって子供に帰るものです。だから、認知症の人に童謡唱歌を聞かせると、自然に歌詞が口から飛び出して元気になり、認知症の治療にも役立つそうです。家族の顔さえ認知できなくなった高齢者でも、童謡を歌っているうちに次第に頭がはっきりしてきて、いろいろな想い出を語り始めると聞いています。

「ふるさと」は、昔の時間感覚の中に住む可愛い子犬です。気忙しく迷子にされてしまった心を、その子犬が吠えて呼び戻し、膝に絡みついて甘えてくれます。そこではあたかも時間が「止まって」いるようです。だって命は、もともと時間なのです。命の流れは、時の流れの一側面だったのです。「ふるさと」は時の流れをゆるやかにするタイムマシンです。

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