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お金に使われていませんか?お金に使われない価値基準

収入が少ないと、いつも不安で満足感が無いでしょうが、収入が多くても結局使うお金が増えて、その不安の割合はあまり変わりません。お金に主導権を握られない様に発想が大切です。

収入が少ない事が慢性化すると、常にお金や物にとらわれがちになってしまう人が多い様です。今月は更に切り詰めないといけないから、いつも買っている日用品のレベルを下げなければいけないとか、たまの記念日の時にも、この料理よりもこっちの料理の方が安いから、安い方にしておこうと、食べたい物では無く、値段で選んでしまったりします。

記念日の思い出に残る様な時にもこの様な発想では、日常の無意識レベルの判断は、ほとんどが金額で選ぶという基準になってしまっているのでは無いでしょうか?

そして、そういう人に限って、「お金さえあれば」とか「あと少し余裕があれば」という発想になっておられる様です。お金だけが人生を豊かにするのでは無いという事は分かっていながらも、それでもお金にしばられた発想になってしまうのです。では逆に、世間一般で言うお金持ちの状態になると幸せな気分でいられるのでしょうか?

実は、お金持ちの人は、お金持ちの人で不安を抱えている事が多い様です。豪邸の場合、泥棒に入られるのでは無いかとセキュリティーをつけたり、高級車の場合、駐車場で悪戯をされないだろうかと警戒をしたり。

更に、今はお金があるけれど、いつか無くなってしまうのでは無いだろうかとか、お金がある分、出費も大きくなってしまって、結局お金が無かった時と、それほど心境の変化が無いとか。そんな風にお金を基準にしている場合、お金があても不安は解消されないのです。

ちなみに、人の幸福度をお金で計ると、年収600万以上になるとお金による幸福感が増えないんだそうです。お金が幸せの基準では無いという事ですね。

お金に主導権を握られない生活

では、お金に主導権を握られない生活とは一体どんな生活なのでしょうか?それは、今ある事や、今ある物に目を向けて、その価値を知る事が第一歩です。

お金があるという意味は、単なる今の時代の相対的な基準でしかありません。例えば、あの人の車は高級車だけれど、自分の車は型落ちの普通車だとした時、あの人は自分よりもお金持ちで快適に過ごしていると思いますよね。しかし、あなたが今乗っている車は30年前に最先端で、当時のお金持ちにしか買えなかった車よりも遥かに快適な筈です。

もし、あの人が豪邸に住んでいて、あなたがワンルームマンションで暮らしていたとします。あの人と比べると、あなたの生活は貧しいかも知れません。しかし、それでもあなたは温かいお風呂に入り、蛇口をひねれば水道から水が出てきて、水洗便所で用を足す事が出来るのです。

しかし、平安時代に栄華を極めた藤原道長でさえ、水洗便所で用を足した経験は無く、蛇口をひねって出てきた水を飲んだ事は無いのです。今のあなたは、過去の歴史上の人物たちよりも快適な暮らしをしているのです。

逆に、今の大富豪の生活も、100年後の庶民の生活以下の暮らしでしか無いかも知れません。要は、同じ価値観の中で他の人と比べるから、お金持ちだとか、お金が無いという様な発想になるのです。それよりも、価値という物を重視した生活をしましょう。

価値はどの時代になっても変わりません。夕方の涼しい風はどの時代でも涼しいですし、満月はどの時代でも満月です。お刺身の味はどの時代でもお刺身の味をしています。そこにお金という概念はありません。

お金という概念は、あくまでも人と人が物を交換する時に発生し、その人同士がどこで合意するかという基準が値段な訳ですから、自分の身の回りのものに値段以上の価値がある事に気づいて下さい。

もしも江戸時代にあなたの部屋が分譲されていれば、一体いくらなのでしょうか?鎌倉時代なら?飛鳥時代なら?おそらく、歴史上の庶民の暮らしから考えると、あなたの今の生活は最高水準の生活なんだと考えてはいかがでしょうか?

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