自分を不幸だと思っている人は、幸せにはなれない?-[2/3]-
彼女の不幸の始まりは結婚でした
会社も人間関係で辞めてしまって、40過ぎても結婚しないで家でブラブラしている娘を世間体が悪いと感じ、母親が無理やり婚活を進めました。それでもなかなか良いお相手が見つからず、やっと申し込みが来たお相手が今のご主人です。
エリート商社マンとの結婚を望んでいた彼女にとって、彼は高卒の製造業です。働きながら夜間大学を卒業したので最終学歴は大卒ですが、48歳の彼が就職したのはバブルの時代です。彼は高卒の仕事の中の管理職として働き、大卒としてホワイトカラーにはなれない時代でした。
おまけに彼の容姿もお坊さんのような丸坊主の穏やかな感じでした。彼女にはあり得ないお相手だったのです。
それなのに、彼女が申し込むお相手からは年齢からことごとくお断りなので、業を煮やした彼女の母親の「もらってもらえるだけありがたいと思いなさい」ものすごい剣幕の一声でお付き合いが始まり結婚に至ったのです。
結婚で生活水準が下がったことを嘆き、夫の両親との同居で、お姑さんの気遣いも煩わしく、心を閉ざし、「どうせ妥協して結婚したんだから、本来私には釣り合わない人だし」と夫を愛することも諦め、淡々と人生を送ることにしたのだそうです。
何より夫の容姿(丸坊主)を彼女は恥ずかしいと思っているのです。とても優しそうなお坊さんのような人というのが私の印象です。丸坊主でもとても上品に見えます。彼女をとても大切にしてくれるそうです。
それでも彼女は、彼の収入の少ないこと、タイプでないこと、自分の体の自由が利かない事、事故で頭を打ったことから同時進行のながら作業ができなくなったこと、全てのイライラを夫にぶつけました。
それでも彼は優しく聞き流してくれているというのに、彼女は友人達の家庭と常に比べるのでした。
他人の芝生は青いもの!幸せは自分で作るものです
同窓会では、自分の幸せ度を見栄張って競うような場所です。バブル時代の女性はほとんど家庭に入りましたから、結婚した男性で女性の人生は大きく左右されるのです。だから、自分がバカにされることは夫がバカにされることなのです。
こればっかりはご縁で夫の人生は自分の実力でどうこうできるものではないので、エリートと結婚して裕福な家庭で子供も有名大学に進んだり、就職や結婚が決まったりしたらそれが女性の自慢となるのです。
男性にはまず理解できないことでしょうが、女性は嫁ぎ先の生活水準や子供の成績があまりにも差があると友情も続かないのです。
でも、他人の家庭の中までは見えません。エリートと結婚し、子供が東大に進学しても医師になっても、女性として幸せかどうかはわからないのです。妻として母として女として幸せなら、子供の話よりも自分の話をします。
また、子供の話よりも夫婦の話をします。夫のおの字も話さず子供自慢だけをひたすらする女性は、子供命で冷めた家庭が多いと聞きます。子供が東大に進んだからといって、本当に家族仲良く幸せかどうかはわからないのです。
皆、いくら昔の親友でもたまに会ったら良いことしか話しませんから、他人の芝生は必要以上に青く見えるものなのです。
私は男性の中で育ったので、男っぽい性格であまり見栄を張りません。だから、子供がいなくても、再婚で夫が一回り年下なので、周りの友人達のご主人より20歳近く違う場合もあるので収入には大きな差があります。
私の夫は大手電機メーカーの研究職ですから同世代では比較的収入の高い方でしょうが、私の友人達の世帯収入に比べると若い分比ではありません。管理職と平社員の壁は大きいのです。
それでも私は、「若い夫だから皆みたいに贅沢できないわ!」と普通に言えます。でも、若いから羨ましがられますので、素直にのろけられる自分は幸せだとも思います。
幸せは気持ちの持ちようです。楽しければ「金は天下の回りもの」だと思います。夫が若いので、私も生活水準は下がりましたが、若い夫相手に私も若くなって毎日楽しくやっています。節約も上手になったし、やり始めると楽しくなるものです。
私は能天気な性質なので、夫が「私を50歳までにビックリするほど幸せにする」と言っているのでそれを当てにせずに待っています。信じる者は救われるといった感じです。大きなお皿で盛り付けだけでも工夫すれば安い食材もお洒落なレストラン風にできるんですよ。
私は料理が好きなので、創作料理で結構見かけの豪華な夕食をとってもお安く作っています。こういう工夫も楽しいものです。夫が美味しそうに食べるのも嬉しいものです。