気を使って黙っている人と、気にして黙っている人の愛情の違い
気を使うと聞くと、あまり良いように聞こえないこともあり、気を使ってくれているというと何か悪い気がするかもしれません。逆に気を使わないといっても無神経な感じがするかもしれませんが、人それぞれ良い印象のものも悪い印象のものもあるでしょう。ただ、同じ行動でも違う気持ちで行うと、その違いが相手にも伝わり信頼関係にも影響が出てきます。
同じことも恐れからやると・・・
たとえば、話しかけて欲しくない人に話しかけないとしても、それは相手を気遣って話しかけないのか、それとも自分を守るために話しかけないのかの違いがあります。
そんなことをいったら人と接する時にやりたい、やってあげたいという愛情からか、やらないといけない、やったら自分に痛みがあるからやらないといった恐れからかという違いがあります。
そのどちらも同じような行動に見えても、人は表面的な振舞いだけではなくもっと深い気持ちまで相手に伝わるので、その人が何を考えているのかというのが大体分かるようです。
恐れや自分を守ろうとしている人と接するのと、愛情や自分を与えようとしている人と接するのとでは、最初は分からなくても接しているうちに心の在り方が何となく分かってきます。
「この人といると安心する」という人と「この人はどこか自分を利用したり自分のことだけを考えている」という人と、何となく気付くポイントがあります。
同じ営業マンでも、売り上げをあげないといけないという恐れから接している人と、これを手に入れた人の喜ぶ顔が見たいという愛から接している人とでは、やはり接していて分かるところがあると思います。
そして、恐れからの行動と愛からの行動は、自分を守ろうとしているのか自分を与えようとしているのかの違いがあるので、その与えたいという気持ちと守りたいという気持ちが伝わります。
恐れを手放すには?
誰もが自分の与えられることを与えたいという人が沢山いれば、その分与える方も受け取る方も幸せを感じると思います。誰かのために何かをしてあげたいと思っている人の状態は、少し批判されたぐらいじゃへこたれませんが、自分を守ろうとしている人はちょっと批判されたら恨んだり悲しくなったりするかもしれません。
ですが、それはその人が良い悪いではなく誰でも自分なりのもの、方法で愛を与えることが出来ると、それは自分の喜びになるから不思議です。
お金がもっと欲しいもっと欲しいと思っていると欠乏感が溜まっていきストレスを感じやすくなりますが、お金で人を喜ばせたいと思っていると与えたい気持ちで満たされるのでストレスどころか幸せや満足感を感じるでしょう。
お金の使い方、お金に対する意識の持ち方でそれだけ気持ちの変化が起こるので、お金の量があれば幸せかというとそうではないのも分かる気がします。
誰でもそれぞれ違うところで恐れのようなものを感じて、自分の身を守ろうとするところがあると思いますが、その恐れを手放すにはどうすればいいのでしょうか?
それは、考え方や行動を変えることで恐れを手放す、そもそも恐れじゃなかったことに気付くなどが出来ます。たとえば、変な話し方をしたら先輩に怒られて、もう変な話し方が出来なくて怖がっているとします。
ですが、それは先輩の一時的なストレスを感じていた時にちょうど重なったことかもしれませんし、先輩が怒ったこともその話し方に関係なく怒っていたかもしれません。
なので、もう一度やってみて同じ反応なら、過去にそういう声で馬鹿にされたり嫌な思いがあるんだなと思うだけで、自分自身を否定する必要はありません。また、それに対して別な角度から考えてみたりすると、今まで恐れていたことも思い過ごしだったことに気付くかもしれません。
愛から行動している人から学ぶ
もう1つの方法としては、自分の愛情で人と接している人を見て、接して、聞いて学ぶことも効果的です。恐れから行動している人と愛から行動している人は明らかに違うので、何かに対しての積極性や気持ち、行動の仕方が違います。
愛から行動している人は、自分が批判されても自分の持っているものを与えることに意識が向いているため、ちょっと心が痛くなったからといってガクっと落ち込んだりしないようです。
それは、誰かに期待している時に起こることで、期待は失望を生むので誰かに自分の理想通りに行動してほしいという期待が、その通り行動してくれなかった時に失望に変わるようです。
ですが、愛から行動している人は自分の好きなことを誰かと分かち合うことだけでも喜びを感じるので、ある意味それを人がどう受け取っても必要以上に期待はしないようです。
心から信頼していると、たとえ自分の与えたものが今、そしてこれからも使われることが無くても、その人の人生はその人らしいものになっていくという長い人生で考えて、相手を愛しているのも特徴です。