> 雑学 > スポーツ界に風穴を開けた平尾誠二の名言!日本ラグビーを変えた男

スポーツ界に風穴を開けた平尾誠二の名言!日本ラグビーを変えた男

このエントリーをはてなブックマークに追加
2014.10.17

スポーツの意味

江戸時代、ずっと鎖国を続けてきた日本は、明治維新と同時に欧米の進んだ文明や技術を輸入した。だが、輸入したのはそれだけではない。スポーツも日本に入り込んで来たのだ。

しかし、スポーツは日本で独自に発展した。スポーツは「体育」として教育や軍事教練に利用されたのである。そこにはスポーツ本来の姿である「楽しみ」という要素は排除されてしまった。sportとはラテン語で「仕事からの解放」を意味するdisportareから生まれた言葉である。つまり、スポーツの本質とは楽しむことなのだ。

だが日本のスポーツは肉体と精神の鍛錬ばかりが強調された。地獄の猛特訓と勝利至上主義が美徳とされたのである。日本が第二次世界大戦に敗れ、民主主義の世の中になった戦後でも、それは変わらなかった。

しかし、1980年代のラグビー界に、型破りなヒーローが現れた。それが平尾誠二である。平尾はラグビーのみならず日本のスポーツ界に「楽しむ」という要素を持ち込んだ。

恩師からのダメ出し

平尾は中学時代からラグビーを始め、高校は京都市立伏見工業へ進学する。監督は日本代表として活躍した山口良治で、公立校ながら着実に力を付けていった時期だった。

入学早々から頭角を現し、天才バックスと言われるようになる。そして三年時には主将として見事に伏見工を全国制覇に導いた。この時の伏見工は大ヒットドラマ「スクール★ウォーズ」のモデルになったことでも知られる。

高校卒業後は鳴り物入りで同志社大学に進学したが、ここで平尾はラグビー部部長だった岡仁詩にいきなりダメ出しされる。曰く「お前のラグビーは、オモロない」と。

「巧い、ヘタ」「強い、弱い」ではなく「オモロい、オモロない」でラグビーを表現する岡に平尾は驚いた。岡は平尾に言った。

「お前は、俺が蹴ると思ったら必ず蹴る。パスすると思ったら必ずパスする。走ると思ったら必ず走る。こんなオモロないラグビーがあるか。ラグビーなんて所詮、人間がやるスポーツやないか」

平尾のポジションは、司令塔と呼ばれるスタンドオフ(SO)だった。セオリー通りのプレーをするのは当たり前である。だが、岡はセオリー通りの動きしかしない平尾に不満を持っていたのだ。岡の斬新な考え方に、平尾は惹かれていく。その後の平尾は同大の中心選手として、当時としては新記録となる大学選手権3連覇を成し遂げた。

神鋼の意識改革

大学卒業後、平尾はイギリス留学した。デザイナーの勉強をしようと思ったのである。日本でラグビーを続ける気はなかったのだ。だが、アマチュア規定に触れる問題があってイギリスにはいられなくなり、もう引退しようかと思っていたが、知人の説得により、同大の先輩が多かった神戸製鋼に入社する。

当時の神鋼は、スター選手を揃えながらも優勝できない「万年優勝候補」と揶揄されていた。そんな状況を打破するために、監督制を廃止したのである。つまり、主将が中心となってラグビー部を運営するのだ。だが、それでも結果は出なかった。

そんな中で、平尾は入社僅か3年目で主将に抜擢された。平尾は早速イギリスで得た知識を活かし「パスには腰を入れず、手足をバラバラに動かせ」と言った。当時の常識では「パスは腰を入れて、手足を固定して投げろ」というものだった。だが、実際の試合ではそんなことは言っていられない。どんな状況でもパスできるスキルを身に付けよ、と平尾は言ったのだ。

神鋼の弱点はスクラムとゴールキックにあった。これらを強化するのは時間がかかる。「だったら、スクラムをせんで済むようなゲームメイクをしたらええ」という発想の転換を図った。さらにゴールキックに関しても「それやったら、トライを獲ったらええねん」とばかりに、徹底してトライを獲る戦法を研究した。

ただ、そのためにはバックスの駒が足りない。「それやったら、俺が駒になったらええんとちゃうか」と悟って、自らはSOからセンター(CTB)に下がって、司令塔たるSOには無名の新人でSO経験ゼロの薮木宏之を抜擢した。薮木はSO経験がないために、相手は薮木の動きが全く読めず、その突破力は大きな戦力となったのである。

さらに全体練習を週3日に限定し、内容のある練習と個人練習を重視した。今までのような無意味に毎日やる練習を廃止し「ラグビーを楽しむと上達する」という練習を実践したのである。結果、神鋼は初優勝を遂げ、その後も新日鉄釜石と並ぶ7連覇を達成したのだ。

最後に、いかにも平尾らしい言葉でこの項を締めたい。イギリス留学でラグビーを辞めようと思ったのに、結局ラグビーを続けたことは良かったか?という問いに対して、平尾はこう答えた。

「ラグビーを続けて良かったと思う。でも、あの時ラグビーを辞めていたら、辞めて良かったと思っただろう」

こういう考え方の持ち主が、日本スポーツ界に風穴を開けたと言えよう。

スポンサードリンク
スポンサードリンク
このエントリーをはてなブックマークに追加