> 雑学 > チョコが、お金の代わりになったり、媚薬になったってホント?

チョコが、お金の代わりになったり、媚薬になったってホント?

このエントリーをはてなブックマークに追加
2014.07.02

「気持ち悪いかすや泡がういて、飲むと気持ち悪くなる・・・」16世紀、伝道のためにメキシコに赴任したイエズス会の神父が、チョコレートについて語った言葉です。コロンブスの最後の航海となった中南米で、チョコレートを見たコロンブスも飲んだという記録はないそうです。

お金として流通したチョコレート

当時、中南米でのチョコレートは紡錘形のカカオの実の中の豆をすりつぶしてドロドロになるまで撹拌し、とうがらしやバニラを加えて滋養強壮によいと飲んでいたそうです。

まぁ、ぶっちゃけ話、ヨーロッパ人には、見た目は不気味だし、不味い!と思われたのでしょう。では、なんで興味を持たれたのか?

当時のメキシコでは、カカオは貨幣代わりに流通しており、100粒で奴隷が買える!ほど高価で金にも匹敵する値打ちがあったようです。味より、この高価に流通していることに興味を持ち、お宝として持ち帰られたのでしょうね。

媚薬にも使われたチョコレート

その後アステカに遠征をした、コルテス将軍が兵士達の疲労回復にチョコレートを飲ませ、その効果に驚いたそうで、スペインのカルロス国王に献上します。

ヨーロッパに持ち帰られたチョコレートは、その高価さもあってか、さまざまな病気に効果のある秘薬として、王族や貴族など、ごく一部の人たちだけで飲まれていたものが、ゆっくりと一般庶民にも、医薬品として広まっていきます。

やがて、少しでも飲みやすくするため、砂糖で甘くして飲むのが広がり、こんな頃は、女性をその気にさせる飲み物としても人気があったといいます。

お菓子としてのチョコレート

やがて、なかなか味が強烈なチョコレートから、カカオパウダーとカカオバターを分ける方法が発見され、味がマイルドで飲みやすいものになりました。

オランダのヴァン・ホーテン氏が考えた方法は大ヒットとなります。19世紀の話ですが、そうこの人がココアメーカー、バンホーテンの創業者なのです。このころにはイギリスで固形のチョコレートが製品化されましたが、まだ苦味が強かったといわれています。

1875年スイスでダニエル・ピーターとコンデンスミルクを作っていたヘンリ・ネスレと共同でミルクチョコレートを作ります。これが今の板チョコになっているわけです。このネスレ氏は今の食品会社ネスレの創業者です。

近代チョコレートはスイスで生まれたと言ってよく、統計によると世界で一番チョコレートを食べているのはスイス人だそうで、なんと、年間10キロ近くもチョコレートを食べているそうです。

ベルギーチョコはなぜ有名なのか?

考えてみると、ベルギーでカカオが生産されているわけではないですよね。実際のところチョコレートは非常に複雑な工程を経て生産されています。

カカオの実から種(豆)を取り出し、発酵、乾燥、焙煎、そしてココアパウダーとココアバターを分離させ、このパウダーとバターを再び調合、砂糖とミルク、その他のフレーバーと合わせ生産するのですが、この調合技術や温度管理、粉砕法などが味を決めることになります。

ベルギーは植民地だったコンゴがカカオの生産地だったということもありますが、こうした、調合の技術を磨いて、味の良いチョコレートをヨーロッパ各地へ売ったという実績があるからでしょうね。

この調合技術というのは、職人技が生きる場面でもあり、個人でも高価なチョコレート工房が成り立つ理由になります。たまには、一粒何百円の超高価チョコ、彼女と二人で味わってみたいものですね。

スポンサードリンク
スポンサードリンク
このエントリーをはてなブックマークに追加