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孤独は捉え方次第でずっと楽しくなる!孤高な生き方を楽しむ考え方

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2013.07.25

私は、人の影響は良くも悪くも必要以上に吸収してしまうところがあるので、人とはある一定の距離を保ちながら接しています。距離をとっておかないと自分の生活がうまく保てなくなってしまいますし、本音を言うと、一期一会という接し方で接しています。

ひとりでいる事の方がとても心地良く、群れるのを嫌い、少数と数年に1度か2度会えるだけで、それだけで満足してしまいます。もちろん人付き合いを否定してるわけではなく、魅力的な人間との出会いは人生の宝であると確信しています。ただ自分の心が何を求めているかという事です。

今日は孤独と孤高の違いについて、孤独を寂しがるのではなく、孤高に没頭し人生を満喫する方法をお伝えします。

1:孤独は寂しくないですか?

ひとりでいるのって楽しいですか?寂しくならないですか?と聞かれる事がたまにあります。私がひとりでいる事が多いのでそう思うのかもしれませんが、私はいつも笑顔で「とても心地良いです」と答えています。私は学生時代、社交的な人間になろうと思い、毎日のようにパーティに出ていました。

いろんなタイプの人間と関わり、処世術を学び、世渡り上手になろうと考えていたのかもしれませんし、誰かに影響されてそうならないといけないんだと思ったのかもしれません。しかし、うまくはいきませんでした。

元来、人に気を使いすぎてしまう性格のせいか、距離感をつかむのが下手なせいか、家族のように仲良くなれる人達もいれば、めちゃくちゃに悪く誤解する人もいました。同じように接しているつもりでも、なぜこれほど感じ方が違うのかが分かりませんでした。

しかし時が経ち、人付き合いから離れ、自分の本心と向き合うようになってから、自分は心から孤独を望んでいるのだという事に気づきました。

2:寂しくはないのか?

寂しさが無いかと言われれば、ありますと答えます。しかしそれは人と接していないからではなく、私の場合は自分の満たされていない心理状態を作り出している自分の問題なのであり、人と接したとしても満たされる事は決してありません。

誰しも心が満たされない、自分の存在意義が分からないという心理状態は経験があると思います。それが家族だったり、友人だったり、仕事だったり、肩書きだったり、資産だったりするわけです。しかし、本当の存在意義などというのはそんなものではなく、それはただ心を一時的に落ち着けてくれる安定剤のような誤摩化しにすぎません。

3:自分の価値について

本当の存在意義など誰にも分かりませんし、おそらく存在しません。私がいなくなっても世界には何の影響もありませんし、その時は悲しんだ人がいたとしても、時が経てばその気持ちも薄れ、消えて行きます。私は、特に才能に恵まれているわけでもありませんし、偉大な功績を残してきた人間でもありません。

私よりも成功し、資産もあり、良い家庭にも恵まれ・・・なんてのはほとんどの人がそうでしょう。しかし、私は他の誰よりも満たされている自信があります。それはなぜか・・・それは私が自分の人生を生きているからだと思います。自分の欲求を探し続け、求め続け、結果としてそれを手に入れる事が出来て来ているからでしょう。出来たと完結する事は死ぬまでありません。

4:もうすべてを持っている

「求めよさらば与えられん」聖書にある言葉で、私はおそらくコレが真実だと知っています。なので孤独だろうが幸せでいられますし、それを孤高に変え人生を楽しむ事が出来ています。もちろん上を求めればきりがありません。

自分がどこまで求め続けられるのかも分かりませんし、得られるかも分かりませんが、私は既にすべてを持っており、完璧な状態で産まれて来て、現在も完璧な存在なんです。矛盾していますか?私の完璧の定義は他人と比べたものや他人の意見ではなく、自分にとって完璧な自分という事なんです。

あとは、他になりたい自分像が新たに加われば、それを求めて、与えられるだけです。そうすれば完璧な自分プラスアルファという加点主義の考えで生きているので、満たされない状態に陥る事がないのです。

5:加点主義の生き方を習得する

上記に話した、心が満たされない、寂しいという感情は人間なら誰しも持ち合わせているものなので、それをマイナスと考えるのではなく、当たり前のものとして受け入れ、それを寂しいからどうするかではなく、寂しさと共存するという考え方なのです。

寂しくても良い記事がひとつ書けて嬉しかった。道を歩いていたらおばさんが笑顔で挨拶してくれてとても気分がよかったなど、そういった些細な事かもしれませんが、こういうものに喜びを感じる事が出来るため、寂しくても前を向いて毎日生きているのだと思います。

もう一度言います。孤独は僕も寂しいです。ただ、寂しいからなんなのでしょうか?人間の自然に生じる気持ちであり、天気にも雨や曇りがあるように、晴ればかりではありません。しかし天気がそれを愚痴る事があるでしょうか?(笑)

まあしゃべれないだろというツッコミはいりません(笑)要するに考え方を根本的に変える事です。そうすれば孤独ではなく孤高の人生を得る事が可能になります。

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