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新聞・テレビ報道の「○○被告」という表記は大嘘!

昔からあった呼称問題

「殺人の罪で逮捕・起訴された某山何雄被告の第一審判決が東京地方裁判所で行われ、裁判長は検察側の死刑という求刑に対し、被告に無期懲役を言い渡しました」

というテレビニュースや新聞報道を誰でも見たことがあるだろう。この「某山何雄被告」という内の「被告」という呼称は、罪を犯したとされて裁判を受けている人に対して使われている。

だが、かつては新聞やテレビではこんな呼び方はしなかった。逮捕された人は「某山何雄」と呼び捨てで報道されていたのである。犯罪者に敬称を付ける必要はない、と思われていたのだろう。

しかし、逮捕された時点ではもちろん、裁判を受けている最中でも「某山何雄」は有罪と決まったわけではない。無罪の可能性だって残っているのだ。人権意識が高まり、犯罪者と確定していない人を呼び捨てで呼んでいいのか、と問題にされるようになった。

1980年代半ばから大手マスコミでは、逮捕された時点では「某山何雄容疑者」、検察官が起訴し裁判が行われると「某山何雄被告」、裁判で有罪、しかも実刑となって刑務所入りすると「某山何雄受刑者」、死刑が確定した場合は「某山何雄死刑囚」と呼んでいる。呼び捨てに比べると大きな進歩である。

だが、それでも問題がないわけではない。明らかな誤りがあるからだ。

「被告」と「被告人」の違い

問題となるのは冒頭の「某山何雄被告」という表現である。と言っても「被告」は蔑称というわけではない。根本的に間違っているから問題なのだ。

このケースで「某山何雄」は「被告」ではない。「被告人」である。「被告」と「被告人」では、全く違うことを意味するのだ。では、「被告」と「被告人」はどう違うのか?

「被告人」とは、刑事裁判で裁かれる人のことを言う。上記の「某山何雄」が受けている裁判は刑事裁判だ。刑事裁判には「被告」という人は存在しない。「被告」という言葉が使われるのは民事裁判である。

変な言い方になるが、「被告人」というのは誰でもなれるものではない。まあ、そんなものになりたい人なんていないだろうが。

「被告人」とは、罪を犯したとされる人が警察や検察官に逮捕され、さらに検察官が公訴を提起し(起訴)、刑事裁判を受けた場合での呼称だ。つまり、逮捕されただけでは「被告人」にはなれず、検察官が起訴すれば晴れて(?)「被告人」となる。

刑事裁判というのは検察官と弁護人(被告人側)との戦いである。被告人には必ず弁護人が付き、弁護人は無罪もしくは軽い量刑を主張する。検察官は相応と考える量刑を裁判官に求刑し、裁判官は被告人に有罪か無罪、有罪の場合は量刑を言い渡す。これが大まかな刑事裁判の流れだ。

もちろん、第一審(地方裁判所)で不服があった場合には、検察側にも被告人側にも第二審(高等裁判所)に再度の裁判を求める権利があり(控訴)、それでも不服の場合は第三審(最高裁判所)に持ち込まれる(上告)。これがいわゆる三審制である。

一方の「被告」の場合は、誰でもなる可能性がある。民事裁判は、犯罪の有無は関係なく行われるからだ。

例えばあなたがブログなどで他人のことを書いた時に、相手が気を悪くして「名誉毀損だ」と訴えを起こし、訴状が受理されれば民事裁判が行われる。その場合、訴えを起こした相手が「原告」、訴えられたあなたは「被告」となる。

刑事裁判とは違って、民事裁判は「原告」と「被告」の戦いなのだ。従って民事裁判に検察官は登場しないが、原告・被告とも弁護士を付けて裁判を争うことができる。

裁判官は被告に過失があると判断すれば、その大きさに合わせて被告に損害賠償を命じる。もちろん、過失なしと判断されれば、損害賠償は発生しない。また、刑事裁判と違って民事裁判では訴訟中に原告と被告が和解することもよくある。

そして、第一審判決に不服の場合は刑事裁判同様、原告・被告ともに控訴(第二審から第三審に持ち込まれる場合は上告)する権利があり、「原告」「被告」という言葉が使われるのは第一審だけだ。第二審以降では第一審の原告・被告に関係なく、控訴(第三審の場合は上告)した方を「控訴人(第三審の場合は上告人)」、その相手を「被控訴人(同・被上告人)」という。

人が人を裁くことの意味を考えよう

マスコミはなぜ「某山何雄被告」などと間違った言葉を使うのだろう。「被告」と「被告人」の違いなどわかっているはずなのに、全くの謎である。「某山何雄被告人」では語感が悪いから、という理由なのだろうか。そうだとしても、あまりにも安直な呼称である。

それに大手マスコミが判を押したように同じ誤用表現しているのは、どう考えても問題だ。大げさに言えばマスコミが結託して、国民を騙しているようなものである。

裁判員制度が始まり、法律の素人が法廷に入り判決に加わるようになった。もちろん、あなただって裁判員になる可能性がある。裁判員に任命されれば、自らの信念に基づいて人を裁かなければならない。いくら素人でも、法律の基本的な考え方は知っておくべきだろう。「被告」と「被告人」の違い、即ち民事事件と刑事事件の違いを理解すれば、法の本質が見えてくる。

一般国民が刑事裁判に参加する時代なのに、マスコミがいつまでも誤った呼称を使っていていいものだろうか。人が人を裁くという意味の重大さを、我々は認識しなければならない。

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