> 雑学 > ラグビー史に残る奇跡の同点トライ!ロスタイムでのイアンの激走

ラグビー史に残る奇跡の同点トライ!ロスタイムでのイアンの激走

1990年前後のラグビー事情

 1991年1月8日、東京・秩父宮ラグビー場。大歓声が耳をつんざく中、3万人の観衆は1人の男が50mを走り切る姿を見た。それはまさしく、奇跡が起きた瞬間だった―。

 この日、全国社会人ラグビー大会の決勝戦、神戸製鋼×三洋電機が行われていた。

 この頃のラグビー事情を説明しておこう。現在のように全国を統括したトップリーグなどなく、東日本、関西、西日本の3つのリーグから上位16チームが全国大会に進出、トーナメント制で社会人日本一を競うというシステムだった。優勝すれば、大学日本一チームとの日本選手権を行うことになっていたが、この頃から社会人と大学の差が顕著になり始め、社会人優勝チームが事実上の日本一と思われていた。

 ラグビー・ユニオンはまだアマチュアリズムが守られ、日本はおろか世界にもプロ選手は1人もいなかった時代である。ルールも現在とはかなり違っていた。細かい説明は省くが、トライはまだ4点だったのである(現在は5点)。

3連覇を狙う神鋼、阻止せんとする三洋

 この年の2年前、神鋼は初の日本一に輝いた。翌年も2連覇を果たし、この年も充実した戦力で優勝候補の筆頭に挙げられていた。この頃の神鋼は監督制を廃止し、キャプテンの平尾誠二を中心に自由奔放なラグビーを展開。ただ単に強いだけではなく、芸術的なラグビーでファンを魅了した。一方、関東の雄・三洋は大東文化大学出身のトンガ勢を前面に押し出し、パワーラグビーを身上としていた。

 関西リーグと東日本リーグを共に1位で通過し、技とスピードの神鋼に対するパワーの三洋との対決は、日本一にふさわしい好ゲームが期待された。しかしそれは、ファンの想像を絶するような試合になったのだ。

押しまくる三洋、耐える神鋼

 試合が始まった。三洋のパワーは想像以上だ。神鋼の弱点とされるスクラムを徹底的に押して、フォワード戦に持ち込む。三洋はゲームプラン通りに試合を終始リードした。

 一方の神鋼はペナルティ・ゴールでなんとか追いすがり、逆転圏内をキープする。だが、ノーサイドの時間は刻一刻と近付いており、神鋼の敗色は濃厚となった。

 試合は後半40分を越えてロスタイムに入り、16-12で三洋リード。しかも試合は神鋼陣内で行われ、神鋼にとってゴールラインは遥か彼方にあった。万事休す、神鋼V3ならず、誰もがそう思った瞬間だった。

 その時、神鋼に救世主が現れたのだ。

世界最高峰のWTB

 イアン・ウィリアムス。ニュージーランド代表(オールブラックス)と並ぶ世界最強国であるオーストラリア代表(ワラビーズ)のウィング(WTB)として活躍していた選手だ。世界ベスト2ウィングに選ばれたこともある。

 この年から、神鋼のWTBとしてプレーしていた。当時の日本ラグビーで、いわゆる外国人助っ人(日本の学校を卒業した外国人選手を除く)は極めて珍しかった。

 スコアボードの試合時間は42分と出ていた。現在のようなタイムキーパー制ではないので、正味の試合時間がわかっているのはレフリーのみである。いつノーサイドの笛が鳴ってもおかしくはない。多分あと1プレーでノーサイドだろう。

 神鋼最後の攻撃。自陣10m、神鋼ボールのスクラムから左に展開するが、左端で捕まりゲインなし。やはりダメかと思われたが、この時のラックで三洋ディフェンスが崩れた。

 神鋼は逆の右にパスを回し、平尾から1人飛ばしてイアンにボールが渡った。この時、目の前に三洋の選手はいなかった。

 ハーフウェイからトップスピードに入るイアン。追いすがるトイメンのWTBワテソニ・ナモア。しかしトンガの快足男をもってしても、世界レベルのイアンには追い付けなかった。

 イアンは大歓声の中、50mを走り切り中央に回り込んでトライ。起死回生の同点トライだった。トライしたボールを放り投げ、喜びを爆発させるイアン。しかし同点のままでは、神鋼にとって負けに等しい引き分けだ。トーナメント戦の場合、引き分けではトライ数の差で次への進出が決まるからだ。この時点で16-16の同点だが、トライ数では2-1で三洋が上回っている。

 だが、イアンが冷静に中央まで回り込んだため、容易な位置でのコンバージョン・ゴール(G)となった。細川隆弘は難なくGを決め、その瞬間にノーサイドの笛が鳴った。18-16。僅か2点差で、死の淵から甦った神鋼がV3を達成した。

 その後、神鋼は大学日本一の明治大学を一蹴、日本選手権も3連覇を成し遂げた。この記録は、新日鉄釜石と並ぶ7連覇まで伸ばす。

現在も火花を散らす両チーム

 あれから時代は大きく変わった。プロ化が容認され、外国人助っ人も当たり前になり、何よりもトップリーグという全国的なリーグ戦が行われるようになった。

 現在でも、神鋼は神戸製鋼コベルコスティーラーズ、三洋はパナソニック・ワイルドナイツとなって、しのぎを削っている。

スポンサードリンク
スポンサードリンク