接する回数を重ね、等身大の女性を受け入れられるようになる方法
経験の浅いというか、女性と面識がない人に多く見られるのがこの傾向なんですが、要するに、漫画やドラマの女性しか知らないため、実際の女性というものがどんなものなのか分からないんだと思います。
わたしも、穏やかでほんわかした女性は好きです。わたしの理想の女性像は、おそらくですが、子供の頃に見ていためぞん一刻というアニメの管理人さんからきています(笑)。わたしもある程度いろんな女性と恋愛を経てきた今でも、まだ女性にその理想を抱いているところが少なからずあると思います。
しかし、現実の女性はそうではありません。わたしたち男性と同じように、イライラもするし、嫌みや不愉快な事をだって言うときもあるでしょう。つまり付き合っていけばいくほど、理想の女性なんて存在しないんだという現実の壁が出てくるわけですよね。
わたしの知る限り、上や下に女兄弟がいる男で、女性にこういった印象を抱いている人は少ないというか、もっと女性に対して人間っぽさを追求しようとする姿勢があります。良い意味で女性に対しては大人びた感覚なんでしょうかね。わたしの友人でも何人もいます。
男兄弟の中で育った女慣れとは違う、当たり前のものとして受け入れる受け皿があると言えば良いんですかね。女性はトイレも行くし、おならもするし、見えないところで、携帯を見て浮気調査なんかもしているかもしれません(笑)
そういった事に動揺しないというか、あまりショックを受けないようですね。わたしは中学生くらいまでかわいい女の子や好きな女の子はトイレに行かないと思っていましたからね(笑)。男兄弟の中で育ってしまった不運でしょうね。痛過ぎます(笑)
さて、これをどうやって払拭したかですが、この印象が強すぎると、つまりは女性に高貴なイメージを抱いてばかりいると、自分がしんどくなりませんか?いろんな女性と接して行くうちにいろんな心境の変化があったのだと思います。
そして、女ってきたねーな(良い意味で 笑)って思うようになったんですね。そう思うようになってからは、とても自然体で接する事が出来るようになりました。最初の彼女なんて、緊張でほとんど喋る事も出来ずにお別れしました。とにかく完璧な女性像を描きすぎて、自分も完璧じゃないといけない・・・などと思ったのかもしれません。
こういう経験を重ねるうちに、自分がどうすれば楽に接する事が出来るか、どうすれば女性とうまく長く付き合う事が出来るか・・・などをいろいろ考えて行った結果が、今なんだと思うんですよね。結局、理想は理想であって、自分の想像の中だけで存在しておけば、それを楽しんでおけば良いんだなと思うようになったんです。
めぞん一刻の管理人さんのような、華奢で守ってあげたくなるような女性は、多くの男性がタイプだと思いますが、実際の女性は、容姿や言葉使いなどは真似る事は出来ても、中身まではやはり無理というか、真似る必要もないのかもしれません。
リアルな女性はリアルな女性でまた別の接する喜びや、理想の女性を超えるとてもかわいらしくていとおしくなる瞬間がある事も分かったからでしょう。もしもこれがなければ、わたしはずっとリアルの女性を好きになる事はなかったかもしれません。これは危険ですよね(笑)
なので、最初から理想を求めない事ですね。理想と現実を使い分けると良いと思います。最初から求めなければ、がっかりする事もありませんし、嫌気がさす事もありません。理想の女性を求め続けると、結局は今の女性ではなく、他にいるんじゃないのかと追い求め続け結局は出会えない。その繰り返しになると思います。
言い方を変えるなら、出会えないから理想であり、出会ってしまった時点で、もうそれは理想の女性ではなくなっていると思います。わたしが仮に、めぞん一刻の管理人さんにそっくりな女性と現実世界で出会ったとしても、それはわたしがそのキャラクターに抱いているイメージであり、少しでもそのイメージから離れれば理想から遠のいてしまうわけです。
やっぱり理想の女性が、おならしたり、よだれくったり・・・なんて姿見たくないですもんね(笑)。こういった女性の理想像というのは、とにかくデートの回数を増やしたり、いろんな女性と出会っていく過程で、自然と気にしなくなっていくと思います。自分は理想が高いから出会えないとか言っている人は、結局は経験不足なのだと思います。
数だけ重ねても、問題と向き合わずに付き合うだけじゃあ、意味はありませんからね。本当の意味で経験不足なんです。女の子に多い、好きになった人が理想の男性というのが、わたしは一番優れた恋愛モデルだと思いますよ^^