人から嫌われるのが怖い人へ。自分の中の「ある」ところに意識を向けよう
あなたは人から嫌われても平気ですか?それともいてもたってもいられず好かれるために好かれるキャラクターを演じますか?
普段からありのままの自分でいる人、もしくは自分らしくないキャラクターを演じている人、自分らしくないキャラクターを演じているのに気付かないぐらい馴染んでいる人、色々いるでしょう。
人に嫌われたくない、でもありのままの自分でいたい、本音を言いたい、その本音が言えないから陰口に繋がったり相手とのトラブルになることがあります。
人から嫌われるのが嫌なのはなぜ?
人は損したり何かを失うのが嫌いです。食べ物が無くなれば生きていけない恐怖に繋がりますし、お金が無くなれば何も買えない、生きていけない恐怖に繋がる人もいるでしょう。
それと同じように人との繋がりが無くなったり、今まで仲がよかった人との関係が切れるのは怖いと感じませんか?
そこで人によって色々な反応になり、今までの自分じゃ嫌われると思う人はキャラクターを変えたり、嫌われてもいいやと思う人はそのままでいたり怒って自分から距離を置いたり冷たくしたり。
それも、嫌われることじゃなくちょっと今までと違う対応をされたり自分が嫌に感じることをされたら同じように反応してしまうのも、相手はちょっとちょっかいをかけたかったり、何の気なしにやったことが相手の気に障ることもあります。
それは生きてきて経験してきたことの違いがそうしたコミュニケーションになり、それが良い悪いではなくそれによって自分の人生で体験することが変わります。
ただ、どんな出来事でも自分の解釈によってポジティブにもネガティブにも捉えられることは、気持ちのバランスを取るうえでも役立ちます。
「ない」から「ある」へ
解釈を変えるのはいつでも自由に出来ることで、例えばコップに入っている水を見て、こんなに入っているという人もいればこれしか入っていないという人もいる、あることに意識が向く人とないことに意識が向く人の違いが解釈の違いです。
人から嫌われるのが怖いという時、それを失ったら、その人との関係が失われたら自分に残るものはなくなるという恐怖心があるかもしれません。
もし、2人の友達のうちの1人との関係が悪くなったら不安で自分のキャラクターを変えないといけないぐらい今の自分を否定することになるかもしれませんが、100人中の1人だったらどうでしょうか?
それは友達を利用するという考えではなく、あくまで自分には「これしかない」という意識ではなく「こんなにある」という意識に切り替えるためのものです。
もしくは友達の数じゃなく、自分の才能や家族友達恋人の仲の良さ、これまで接して仲良くなった人の数やこれからの可能性など、「ない」ことから「ある」ことに意識を切り替えられるもの、それを意識することで嫌われることが怖くなくなるものであれば何でもいいでしょう。
それも、これだけあるからあの人はいいや、という友達を利用する考え方ではなく、自分が意識的に嫌われるから嫌われないようにしないと、といった今までの自分を役割で変えるような時に使うといいでしょう。
こうしないといけないという状態になり、その状態で相手と付き合うことはありのままの自分で接することが出来ないので自分が苦しいし、嫌われたくないから付き合うといった関係になるかもしれません。
嫌われたくないから友達と付き合うのか?
友達との付き合い方を考えることは、より付き合いたい人を見つけることにも繋がるでしょう。自分はなぜ友達と付き合うのか?その付き合いが出来るにはどういう友達と付き合うと実現するのか?
人を変えるのは難しく、自分がこういう友達と付き合いたいからそうなってくれと言っても、そうなってくれる人ばかりではありません。
自分を高めるのが好きで周りを思いやれる人と付き合いたいから、毎日愚痴を言っている人にそうなれといっても、今の自分を変えるのはどんな人にとってもキツいものです。
そして、毎日愚痴を言うのが思いやりがないわけではなく、それは周りの人の気持ちのバランスのズレを教えてくれたりそういう生き方で心の安定を得ることが出来るのを教えてくれています。
なので、どの人生が良い悪いではなくどの人生を生きたいかを選択するのが、どういう友達と付き合いたいかに繋がってくるのではないでしょうか。
そう考えると、嫌われたくないから自分を嫌わない人と付き合うのも自由ですが、嫌われたくないから付き合うという考えを持っていると、嫌うつもりがないのに嫌わないでという気持ちが伝わり、相手が重く感じることもあるでしょう。
その現実は自分が作っていることが分かれば、じゃあどう思いながら友達と付き合いたいか、お互いに高めあえる人、面白い話を言い合える人、色々な選択が出来るでしょう。