嘘か真か。今までに聞いたプロダイバー達の武勇伝
趣味でスキューバダイビングをしていると、いろいろなダイバーに出会う。ショップに勤務しているプロダイバーもシーズンオフになれば作業ダイビングをする。
シーズン中は毎日4~5本潜り、数年で数千本潜っている彼ら・彼女らの話も、それだけ潜っていると驚くようなダイビング経験談を聞く。
ちょっとした漂流経験、変わった場所でのダイビング、珍しい魚たちの出会いといった話だ。私も二十年かけてやっと300本を超えるダイバーになったが、ダイビング後のログ付けタイムでは様々な話を聞いてきた。ダイビングの魅力は、海の中だけではない。
海の中で過ごす時間は一日2本潜って1時間半程度だ。ダイバーたちは休息時間と称するインターバルを設け一日の大半を海辺で過ごす。陸上で過ごす時間の方がはるかに長いのだ。
彼らの武勇伝は経験本数、流された経験、変わった環境でのダイビングが大部分だ。山の上の湖なら気圧と淡水であることに注意して潜らなければならない。氷点下の海なら体温の維持に気をつけなければならない。サンゴの景観が素晴らしい海なら足のフィンでサンゴを傷つけないように中性浮力を保持しなければならない。
300本も潜れば、ベテランたちから聞く話も既に自身が経験していることが多いが、中には特異な経験談もあった。
窒素酔いの客を連れ戻ったイントラKさん
ダイビングで気を付けなければならない事がエア切れと窒素酔いだ。
「窒素酔い」はダイバーにとっては当たり前の言葉だが、多くの人には聞きなれない言葉だろう。詳細は潜水医学の書に譲るが、深く潜水すると『ほろ酔い状態』になる。飲酒直後のダイビングは浅い水深でも『ほろ酔い状態』になり危険だ。
過去、飲酒直後のダイビングで沖縄のアメリカ兵たちが数人亡くなっている。海中で『ほろ酔い状態』になると、突然笑い出し装備を放り出してしまったり、突然深く潜り帰ってこなくなったりする。海中で装備を遺棄すれば、待っているのは死だ。この遺棄は酒に酔って着衣を脱ぐのと同じ感覚のようだ。
認証団体によって異なるかもしれないが、レジャーダイブの最大深度は43mまでだ。それを超えてダイビングをしてはいけない。
ダイビングスポット開発のためボートの探知機で海底の状態を把握して潜っていた時のことだ。ボート上では水深30mになっていた根(海中の小高い丘)が見つからず、約40mまで潜り、やっと見つかった。サンゴがありタツノオトシゴがいた。さらに深度を下げ下から煽るように写真を撮り浮上した。その時、ボート上でインストラクターのKさんから大深度潜水の怖さを教わった。
別のスポットで同様のダイビングをした時に同行者が突然口からレギュレーター(タンクから空気を送るマウスピース)を外し笑い始めたらしい。慌ててレギュを口に押し付け咥えさせ水深15まで浮上した。その同行者は何も覚えていなかったらしい。記憶があるのは浮上中からの記憶だった。
潜水時間は深く潜れば短くなる。人間は空気を体積換算で吸うが、水圧が高くなれば海中に持ち込んだ圧縮空気の体積も減るからだ。タンクの残圧計を見ると空気の減り具合が速い。水深40mではシングルタンクなら15分程度しか潜れない。水深15mで意識を取り戻した同行者は、以降は自立ダイビングで帰還したようだ。
3人抱えて急流を泳ぎ切ったイントラYさん
インストラクターやガイドの仕事は大変だ。流れのある海で客を曳行することも多い。客が自立ダイブしてくれることを望んでいるが、脚力の弱いダイバーを曳行しながら泳ぐこともある。通常は一人を抱えての曳行だが、同時に三人を抱えて曳行した話を聞いた。
ダイブスポットも流れが速いことで有名なポイントだった。海中で体力を使う行動はエアの消費を速める。流れに逆らえば運動量も相当なものになる。自分自身のエアを温存して曳行するなら二人までだ。
Yさんの話は、流れの速いスポットでドリフトダイビングをした時の話だった。ドリフトで乗る流れとは異なる別の流れに掴まったビギナー三人を曳行したそうだ。ダイビングは足のフィンを推進に活かす。手は使わない。流れに乗れずに海底に貼り付いている二人のビギナーの手を取り、一人はジャケットに掴まらせ曳行した。エア消費を抑えるために水深を浅く維持しながら泳いだらしい。
ダイビングをするとガイドが浅めの水深を保持することがある。連れてきている客の動きが一望できる事と万一客のエアがなくなればエアを与えるためだ。
事故があるとライセンス剥奪となるインストラクターの仕事も、楽しいようで苦労は尽きない。繁忙期になると徹夜交代制でタンクにエアを充填している時もある。恒常的な忙しさではないのが救いだが、どんな仕事でも働くということに、苦労は付き物だ。