もし命を区切られたらあなたはどうしますか?告知して欲しいですか?~その1~
もし命を区切られたら、頭が真っ白になると思います。残された時間で何をするか、思い残すことなく人生を全うするために何をすべきかを考える時間は欲しいでしょう。しかし、「死」の恐怖とも戦わなくてはなりません。その恐さに打ち勝ち、前向きに生きていけるのかどうか、告知を受け入れる器量が自分にあるかどうかが問題です。
もし本人に告知しないなら周りに負担がのしかかる?
最近友人のお兄さんがガンでお亡くなりになりました。友人のお兄さんにはガンの告知はせずに胃潰瘍だと言っていたのだそうです。手術の甲斐もなく、友人のお兄さんはあと3ヶ月もたないとお嫁さんに告知されたのだそうです。お嫁さんは、お兄さんの兄弟に相談してお兄さんに告知はしなかったのだそうです。
そしてお兄さんは、自分がガンだということを知らないままお亡くなりになったのだそうです。胃潰瘍だから、お兄さんは退院して仕事に復帰するつもりでいたでしょう。お嫁さんやお子さんのためにも早く退院しようと治療に専念していたそうです。お見舞いに行った時、そんなふうに話すお兄さんを見て友人は辛かったと言っていました。
さらに問題は残されていて、大分のお母さんにお兄さんのことをいつ伝えるかということでした。「急におふくろが九州から出て来て毎日お見舞いに行っていたら、兄貴も変に思うよなぁ~」と友人は悩んでいました。友人のお兄さんは神戸、弟たちは大阪と東京に、歳の離れた末の弟は大分の実家でお母さんと同居していたのだそうです。
大分のお母さんが胃潰瘍の息子のために1ヶ月以上神戸に留まるのは確かに「なにごと!?」って感じです。だからといって知らせて一度お見舞いに来て大分に帰らせるのも酷だということなのです。
ところが、兄弟の思いは関係なく、お嫁さんが大分のお母さんに電話で知らせてしまったのだそうです。その結果、お母さんは慌てて大分から出て来て、でも、息子に変に思われないように数日後大分へと戻って行ったのだそうです。
どんな思いで大分に帰られたのか、息子が危篤だとの知らせを2ヶ月近く大分でびくびくしながら待つような生活になってしまったのですから、かわいそうだと思います。関西空港まで送って行った友人の気持ちもどんなに切なかったか、話を聞いただけでも想像に余りありますよね。
もし本人に告知ができていたら、周りがこんなに悲しい思いはしないと思います。しかし、本人に告げるということは、その後本人がどう感じるか、どのような行動に出るか、想像できずに、最期くらい辛い思いはさせたくない気もします。周りも恐いのです。
また、本人に告知するということは、わずかな望みも捨ててしまうような覚悟も必要となります。周りだってこんなに恐ろしいのに、本当に「死」に直面した本人はどうなのでしょうか。私はその場に立ってみないとわからない気もします。
もし自分が命を区切られたら告知を希望しますか?
「私ならどうするだろう?」といくら考えても私はその場になってみないとわからない気がします。でも同時に、周りにそんな辛い思いをさせる位なら、自分も覚悟を決めなければとも思います。それでも、数日間は死の恐怖で眠れずに、泣き叫ぶこともあるかもしれませんが、その恐怖を乗り越えたら腹をくくれるような気もします。
暴れたり、周囲に当たり散らすようなことはするかもしれませんが、きっとしばらくしたら落ち着く気がするのです。だって、いくら泣き叫んでも恐くても、数日間は食事ものどを通らないとかあるかもしれませんが、そのうちトイレも行けばお腹もすくのです。死に怯えながらもご飯を食べ、トイレにも行き、髪がかゆくなったり、体を拭いてもらって気持ち良く感じたりするのです。
その事実に気付き、自分を傍観できれば、冷静に死ぬ前に思い残すことなく、身の回りの整理をして、会いたい人に会って、話したい人と話をして、やるべきことをやって「立つ鳥跡を濁さず!」の思いで、カッコ良く眠りにつきたいと思うはずだと今は思います。実際の所はわかりませんが…。
だから私は告知を希望します。でも、私は結構現実逃避が上手いのです。案外深刻に考えないかもしれません。ちゃんと生きることで、先に亡くなった祖父母や父に誉められるようがんばりたい、そんなふうに本当にできる強さを持つ自分でいたいと思います。
残される妻や子供のために、妻を慰め後のことを託し、明るく幸せな人生が送れるように、妻の再婚の話を冗談でできるくらい強い自分でありたいと思います。少しカッコよく言いすぎましたね。そうではなく、実は恐くて夜泣き叫んでいても、妻の前では、そんなふうに強く演技ができるくらい妻を愛している自分を見たいと思います。