苦労は後の糧になる?苦労の経験で得た事を仕事で活かす三つの方法
「若いうちの苦労は買ってでもしろ」という言葉がありますが、それは本当なのでしょうか?
実際に買うのは苦労ではなく経験であると思います。そして、苦労したという経験は色々と自分の糧になるものです。どんな糧になるのか・・・以下に三つほど紹介します。
1:苦労を乗り越えた経験
その苦労で得た経験が何よりもの糧でしょう。楽な作業をいくらこなしても、苦労して必死に努力して乗りこえ得た経験とは比べモノになりません。
その苦労こそが得られたものなのです。まあ、もっと言うならば若くなくても苦労は買うべきなのかもしれませんがね。
それはともかく、その折角の経験を活かすには思い出す事です。まあ、実際苦労した経験というのは忘れないものですけどね。よく、苦労話をする人がいますが、それは過去の苦労して得た経験を忘れないために、自分で思い出すために話している側面もあると思います。
その手の苦労話は聞くだけでは意味を成さない事が多いので、だからこそ苦労は買ってでもする必要があるのだと思います。
そして、思い出すのはその苦労した記憶だけでなく、その苦労の現場で自分が何をしたのか、何を考えたのか・・・その行動と考えを忘れない事も重要です。
「必要は発明の母」という言葉もあります。苦労するという状況は何かが足らない、何かが必要だけどそれが無いからこそ苦労したのだと思います。その経験と記憶が今後の貴方の人生において実力に変化するのだと思います。
耐えた根性
その苦労した状況に耐えた・・・という事は、貴方にはそれだけの根性がある事になります。根性というと古くさい言葉に聞こえますが、言い換えるなら胆力、底力、色々な言葉がありますが、少なくともその状況であっても耐えられるだけの力が貴方にある事になります。
根性というのは、鍛えなければ得られない力です。辛い苦しい厳しい・・・そんな状況に耐えて得られるのが根性です。
生物的に考えてみても、筋肉だって楽な事だけをしていても鍛えられる事はありません。ですが、動かせるぎりぎりまで筋肉を酷使し、後日の筋肉痛に耐えると、その筋肉はより強く鍛えられます。
それは根性だって同じです。苦しいのに耐え、辛いのに耐え、厳しいのに耐えた結果、鍛えられるのです。その鍛える経験は自分で作り出すのは難しいです。ですから、苦労を買って、その機会を得るのです。
得た信頼
そして、その苦労を買った結果、大なり小なりの信頼を得ているはずです。以前に手伝ってくれたのだから、今回はお礼をしようと思う人も多いはずです。
まあ、そんな事を考えていると少し打算的である気はします。そこは気にしなくても、相手には信頼が芽生えているものです。
ですから、それを利用するのはともかく、その信頼を積み重ねる事によって貴方には他からの信頼も集まっていきます。その結果こそが買った苦労で得たものになります。
いかがでしょうか?実際に苦労を買った結果、より苦労したという人もいると思いますが、実際にそうであっても、その結果得られた物は少なくないはずです。
「若いうち」でなくても、今からでも苦労は買ってでもやるべきだと思いますね。