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同じことを言っても許される得な人、いったいどこが違うの?~前編~

同じことを言っても許される人とそうでない人がいますよね。それはどこが違うのでしょう。他人の心にススッといつの間にか入りこんでいける人、パーソナルスペースの壁をひょいひょい飛び越えられる人は、いったい何が特別なのでしょうか?

人のパーソナルスペース

①密接距離(45cm以内)、②個体距離(45~120cm)、③社会距離(120~350cm)、④公共距離(350cm以上)と分類されます。パーソナルスペースについて少し詳しく解説しましょう。

①密接距離は、ごく親しい人に許される空間で、抱きしめられる距離から、頭や腰が触れ合うほどではありませんが、手で相手に触れ合える位の距離までです。

②個体距離とは、相手の表情が読みとれる空間で、両手を伸ばせば指先が触れあえるような距離です。③社会距離は、手は届きませんが容易に会話ができる空間です。相手に手は届きませんが容易に会話ができる距離で、通常商談等をする距離です。

④公共距離とは、複数の相手が見渡せる空間を言い、講演者と聴衆の距離や一般人が社会的要職にあるような人と会う時に置かれる距離です。(Wikipedia「パーソナルスペース」参照)

ビジネスマナーとして、社会距離で商談していた相手に、密接距離まで近づくことが許される距離まで近づくには、相手の心を許されなければなりません。

心を許していない相手に勝手にパーソナルスペースを越えられると、圧迫感・不快感を感じます。「失礼だ」とも感じます。だからこの距離感は重要なのです。

パーソナルスペース壁を越えるには?

ところがこのパーソナルスペースの距離の壁を簡単に飛び越えられる人とそうでない人がいます。この違いは些細なことなのです。初対面で「好感を持つか持たないか」なのです。油断してついつい心を許してしまうこともあります。

つまり、「慎重」「用心」「観察」「疑心」の心の鎧がパーソナルスペースの壁を作っているのです。ところが、あまりにもこちらが無防備だと、相手もつい心を許し無防備になってしまうものです。しかし、見ず知らずの相手に無防備になるには大変な勇気がいるものです。

どんな相手かもわからない相手に「慎重」「用心」「観察」「疑心」を全く持たずに無防備になれる度胸は一瞬にして相手を信じきる必要があります。無防備に相手を信じるには、危険が伴いますので覚悟が必要ですが、人を見る目があれば大丈夫なのです。

この人を見る目は、根拠のない直感なので、理由はありません。例えば、道を聞く時に「答えてくれそうな人」に声をかけるような感じです。

内容の重要度が比べ物になりませんが、そのような才能がある人は、相手を見定めて無防備に近づくので、相手も少し鎧を脱いでくれるのです。つまり近づきやすくなるので、お互いに相手を知りやすくなり、どんどん鎧を脱ぎ捨ててもらえるという理屈です。

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