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プロ野球選手の戦力外通告に戦う男の悲哀を見た

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2014.03.14

プロ野球のレギュラーシーズンが終了した。今年は例年以上にセ・リーグ、パ・リーグともに、クライマックスシリーズ進出争いが最後まで目が離せないものであった。

レギュラーシーズンが終了するとストーブリーグの開幕。来季に向けたチームの再編成である。選手によっては厳しい現実を目の当たりにすることになる。

戦力外通告である。つまり、来季以降の契約をしないということだ。

他のプロスポーツと凡そかわらず、プロ野球選手の寿命は短い。よっぽどの選手でない限り10年以上現役を続けることは難しく、20年以上となれば一流選手の証でもある。

たとえ長年選手として活躍したとしても、年齢で考えれば40を待たずしてキャリアを終えるのだからリタイアするとしとしては若すぎる。

彼等はプロ野球選手という職業を選択した時から、若くして最初の人生に幕を引かなければならないその運命を受け入れる覚悟をしなければならない。

選手生命を全うできるのはごく僅かで、現役を続けるために合同トライアウトに参加して来季以降の契約を勝ち取ろうともがく。それでも多くの選手がユニフォームを脱がなければならない。

プロと名のつく職業は華やかな反面、残酷な世界でもある。

また、プロ選手として現役を諦めてもコーチやスカウト、球団職員として、テレビ解説やマスコミで業界に関わることがで来ればよいが、全く違う業界を選択する選手もいる。

仕事のある喜び。仕事に全力を尽くすことの素晴らしさ。短い稼働時間。はかなさ、やり切ることができなかった悔しさ。諦める勇気と次の人生の一歩を踏み出す決意。

凝縮された人生を過ごした彼等の後ろ姿から受け取るものは大きい。常に人にみられるプレッシャーに身を晒し、少ないチャンスで自分の能力を証明し自分の存在場所を勝ち取らなければならない。

彼等の勝利に対するひたむきさと運命を受け入れる勇気は、形容詞のいらない美しさと悲哀のグラデーションだ。

自分の仕事に置き換えてみれば、「誰がやっても同じ仕事」と勝手に決めつけてしまってはいないか。マンネリ化した仕事でも、自分にとってはかけがえのない一瞬なのだから、会社のためだけでなく自分のためにもおろそかにはできないはずだ。

彼等のように濃度の濃い選手生命ではないにしろ、長い時間をかけて全うする自分の人生を熟成させるか、それとも腐らせてしまうかは己の歩み次第なのだ。

できうることなら充実した納得のできる人生でありたいと願う。芳醇な香りと深い色合いと複雑でいて調和した後味を醸し出す、上質なワインのような人生の作り手になりたいものだ。

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