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最近若者にも流行りの仏像。そもそも仏像って何なの?

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2013.12.18

最近若者にも流行っている仏像。そもそも仏像って何なのでしょうか?実は仏像はお釈迦様のお姿。最初は作る事はタブーでした。今は沢山ある仏像。どういういきさつで出来たのでしょうか。

仏像の誕生

仏像というのはお釈迦様がモデルです。では、お釈迦様とはどういう方か。実はお釈迦様は実在の人物なのです。インドとネパールの国境付近にあったシャカ族の王子様でした。そのお釈迦様がいらっしゃったのは今から約2500年前の事。仏教を開かれて、説法によって布教をされたのです。

お釈迦様が亡くなってからは、経典にお釈迦様の教えをまとめました。そして、しばらくの間は仏像を作る事はタブーだったのです。しかし、説法や経典だけではお釈迦様の教えを広めるのが限界になってきたために、経典を元にして、経典に登場する仏像が作られたのです。

仏様というのは、宇宙の心理と同様であるという考え方もあって、それを具現化する事はとても難しかった様です。そのため、経典に登場する仏様を、人の形に表して分かりやすくした様です。ですので、最もベーシックな仏像はお釈迦様がモデルの釈迦如来(しゃかにょらい)なのです。

その釈迦如来をモデルとしながら、お釈迦様が悟りを開く前の姿をモデルにした菩薩という種類の仏像も沢山作られて行きました。ここで悟りを開くと出てきましたが、悟りを開くとは一体どういう事かご存知でしょうか?

悟りを開くとは?

結論から先に申しますが、悟りを開くとは、世の中の事が全て分かっていて、間違う事が無い状態です。お釈迦様は上記した、ネパールとインドの国境付近のルンビニという所でお生まれになりました。

王子様ですから、何不自由なく暮らされていた様なのですが、この世に憂いを持って、29歳の時に出家をし、苦業という厳しい修業を繰り返されました。

しかし、苦業では悟りを開けないと思ったお釈迦様は、瞑想一筋の修業に切り替えられました。合計6年間の修業の結果、菩提樹という木の下で悟りを開かれたのです。そして、80歳でお亡くなりになられたのでした。

お生まれになられたのはルンビニというお花畑ですので、お釈迦様が生まれた4月8日は各地の寺院で、はなまつりが開催されます。

日本に仏像が来たのはいつ頃?

日本に仏教とともに仏像が来たのは6世紀前半でした。538年という説と552年という説があります。経典と仏像が一緒に届きました。送った元は百済の聖明王で、当時の日本の天皇だった欽明天皇に届きました。

その時の仏像の印象は「キラキラと光り輝いている」というものでした。有り難さとか、教理がどうこうでは無くて、光り輝いているというのが第一印象だった様です。

そして、当時栄えていた2大豪族の蘇我氏と物部氏が、仏教の導入を巡って対立をしました。蘇我氏は仏教推進派、物部氏は仏教反対派。結局、聖徳太子の活躍で蘇我氏が勝利しました。

聖徳太子は日本に仏教を広める事によって中央集権国家を作り、国際スタンダードだった仏教を取り入れる事で、日本も国際化の波に乗ろうとしたのです。そして仏教は普及していき、奈良時代や平安時代に様々な仏像が作られていったのです。

仏像が普及すると、仏教がビジュアライズ化して、とても受け入れられやすくなった様です。最初の仏像は銅製で、金箔で光を放つ姿を表していた様ですが、その後、塑像という土壁の成分と同じ様な材料で作られる像や、一本の木で作る木像の一本造り、沢山の木でパーツを作って組み立てる寄せ木造りなどの手法が現れました。

この様に、仏像は様々な時代ごとに変遷を経ながら、お釈迦様に変わって人々の心を救う役割を担い続けているのです。

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