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「江」が付く投手はみんな無頼派!?江夏と江本の大型トレード

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2013.08.25

無頼派投手の共通点

苗字の頭に「江」が付く投手は名投手で無頼派、という説がある。江川卓などはその典型で、「空白の一日」事件により読売ジャイアンツにゴリ押し入団した。

その江川より先輩で、同じ条件に当てはまるのが江夏豊と江本孟紀である。江夏は1948年、江本は47年生まれで、意外なことに江本が1年先輩だ。2人の「江」が付く投手は全く違う道を歩みながら奇妙な運命の糸に操られ、同じチームでプレーしたことがないにもかかわらず、不思議な接点を生み出した。

無名校からスターダムにのし上がった江夏、エリートながら無名だった江本

先に名を馳せたのは、1年後輩の江夏だ。江夏は無名の大阪学院高校出身で、甲子園出場はならなかったものの、左腕から繰り出す速球はプロから注目され、66年のドラフトで4球団競合の末、阪神タイガースに1位入団した。

初年度から活躍した江夏は、最多勝2回、沢村賞1回で、2年目のシーズンには未だにメジャーにもない1シーズン401奪三振という金字塔を打ち立て、押しも押されもせぬ球界のエースと言われた。

だがその反面、江夏は「わがままな一匹狼」とも呼ばれ、監督と何度も衝突した。江夏のわがままぶりに手を焼いた阪神はトレードを模索するが、それについては後述する。

一方の江本は名門の高知商業高校出身で、三年時に春のセンバツ出場を決めていた。が、部員の不祥事により出場辞退、さらに対外試合1年間禁止という厳しい処分を受けた。甲子園出場は夢となったのである。

名門の法政大学に進学した江本だったが、同学年に東京六大学史上最高の通算48勝を挙げた山中正竹がいたため、ずっと影に隠れていた。しかも四年時に監督と衝突、半ば退部状態に。当然、プロからお呼びがかかるわけもなく江本は社会人の名門・熊谷組に入社した。エリートコースを歩んだ江本だが、その実態は不遇の連続だった。

熊谷組でも盲腸を患ってしまい、プロの道を諦めようかと思った時、東映フライヤーズから声がかかってドラフト外入団。江夏のプロ入りから4年後のことだった。プロ初年度のこの年、江本は0勝に終わったが、江夏はオールスターで9者連続三振という大偉業を成し遂げていた。両者の差は天と地ほどもあったのである。

江本は僅か1年で南海ホークスにトレードされた。しかしこのトレードは吉と出る。監督兼捕手の野村克也に見出された江本は移籍初年度に16勝を挙げ、たちまち南海のエースに。だが好事魔多し。南海4年目を終えた時に突然トレード宣告される。相手は阪神。見返り選手は江夏だった。

大型トレードの後、2人の間の紆余曲折

75年オフ、江夏(他1人)と江本(他3人)との大型トレードは大きな話題となった。だが江夏は「なんであの程度の投手と交換なのか」と不満を顕にした。何しろこの時点で江本の52勝に対し、江夏は3倍の159勝も稼いでいたのである。

しかし移籍初年度の76年は、江本が15勝9敗、江夏は6勝12敗と、両者の立場は逆転した。「江夏にだけは負けとうなかった」と江本は語った。年下の江夏に、格下扱いされたのが悔しかったのである。江本は1年先輩ながら伸び盛り、一方の江夏は阪神時代に酷使され、既に力を失っていた。

だが、江本を育てた野村は、今度は江夏を再生するため「野球界に革命を起こせ」とリリーフ転向を勧めた。当時はまだリリーフの重要性が理解されていなかったが、江夏は見事にリリーフとして蘇った。その後は広島東洋カープ、日本ハム・ファイターズと渡り歩き、「優勝請負人」と呼ばれるようになったのである。江夏はまさしく革命を起こした。

江本は阪神のエースとして君臨したが、監督の中西太と衝突して「ベンチがアホやから野球できへん」という名セリフを残し、81年に引退。「優勝請負人」となった江夏に再び差を付けられたが、タレントに転身して大成功を収めることになる。

引退後、2人の関わり合い

江夏は西武ライオンズに移籍するが、管理野球を標榜する広岡達朗に造反。日本球界を去ってメジャーリーグに挑戦するも、夢は叶わずに引退する。当時は日本人がメジャーに挑戦するなど考えられなかった。引退後の江夏は目標を見失ったのだろうか。93年に覚醒剤所持で実刑判決を受け、獄中生活を送る。そんな江夏を救ったのが江本だった。

江本はタレント活動のあと政界に転身し、92年に参議院初当選。翌年、逮捕・起訴された江夏に対し、江本は法廷で情状陳述を行った。国会議員と犯罪者という正反対の立場に立った2人だったが、共通しているのは「野球人」ということだった。江本の行動に対して江夏は心から感謝した。トレード時には火花を散らした2人が、野球というキーワードで通じ合ったのである。

江本はその後、政界を引退して野球評論家の道に戻った。江夏も罪を償った現在、再び野球評論家として、江本と同じ土俵で戦っている。

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