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背番号30・江川卓。しかしプロ入り当初は背番号3だった!?

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2013.08.23

江川の背番号は、ミスターの3番!?

1980年代、読売ジャイアンツのエースであり続けた江川卓。背番号30の勇姿を憶えているファンも多いだろう。だが、江川がプロで初めて付けた背番号は3番だったということをご存知だろうか。

「え?巨人の背番号3と言えば、ミスタープロ野球こと長嶋茂雄の永久欠番じゃないの?」と思うだろう。しかし江川がプロ入り後、初めて付けた背番号は間違いなく3番だった。

江川、2度のプロ入り拒否

江川は高校時代、作新学院のエースとして甲子園で大活躍し、ドラフトの目玉となった。しかし阪急ブレーブス(現在のオリックス・バファローズ)が1位指名したが、江川は阪急入りを拒否した。

法政大学に進学したあと、卒業時にドラフトでクラウンライター・ライオンズ(現在の埼玉西武ライオンズ)から1位指名されたが、こちらも拒否。その理由として、当時は福岡を本拠地としたライオンズに対し「九州は遠い」と言い放った。

こんな理由で入団拒否するなら、トレードが当たり前のプロ野球選手なんて務まらないだろう。江川には、巨人入りしか頭になかった。社会人野球入りすると2年間の拘束期間があるため、米国留学という道を選んだ。

この年のシーズン終了後、ライオンズは西武グループに買収され、埼玉県に本拠地を移して西武ライオンズになると発表した。西武はクラウンからの交渉権を引き継ぎ、江川獲得に全力を挙げた。本拠地が首都圏になったのだから「遠すぎる」という理由は通らない。

しかし江川は西武の入団交渉を徹底的に拒否した。当たり前である。「九州は遠い」というのは逃げ口上で、狙いはあくまでも巨人入団だったのだから。やがて西武の交渉権消滅の日を迎えた。

「空白の一日」事件

西武の江川に対する交渉権は、1978年11月20日に失効した。「翌々日」にドラフト会議が行われるからである。当時の協約では、ドラフト当日から翌年のドラフト会議の「前々日」まで指名選手と交渉権がある、となっていた。即ち、ドラフト会議の「前日」は、どの球団も交渉権がないわけである。

巨人はこの「空白の一日」たるドラフトの前日を利用(ハッキリ言うと悪用)した。ドラフトの前日はどの球団にも交渉権がないのだから、巨人が江川と契約しても良かろう、という理屈である。

まあ、こんなものはガキの論理以外の何物でもないのだが。交渉権をドラフトの前日ではなく前々日としたのは、ドラフト前日まで指名選手と交渉して、事故でもあってドラフト会議にその球団が出席できない、という事態を防ぐものだ。つまり「空白の一日」とは「どの球団でも契約できる日」ではなく「どの球団も契約できない日」なのだ。

しかし、巨人は江川との契約を発表した。日本中が騒然となったのは言うまでもない。コミッショナーの金子鋭は巨人の申し出を却下した。こんな横暴を許していたら、何のためにコミッショナーは存在するのか。巨人はコミッショナー裁定を不服とし、22日のドラフト会議をボイコットした。

ドラフト1位を阪神が引き当てる

11月22日のドラフト会議で、江川を1位指名して交渉権を獲得したのが阪神タイガースだった。しかし、巨人は全球団が揃わないドラフトは無効だ、と訴えた。もちろんこれも却下された。当たり前である。自分で勝手にボイコットしておいて、無効もヘッタクレもないだろう。

ところが、コミッショナー裁定が一変して、阪神と巨人の間でトレードせよ、と12月22日に発令した。金子コミッショナーの「強い要望」によるものである。

他球団からは野球協約に反するとして「断固反対」の声が上がったが、金子は「賛否を問うているのではなく、同意を求めている」という、およそ民主主義とはかけ離れた言葉によって、阪神と巨人の間でトレードが行われることになる。

翌年の1月31日、即ちキャンプが始まる前日に、江川の阪神入団記者会見が行われた。もちろん、江川が阪神に入団すると思っている記者は一人もいない。

「(阪神の)安芸キャンプには行くの?」というイケズ(関西弁で意地悪の意味)な質問に対し、江川は「わかりません」という問答を通したので「わからないって、キャンプは明日から始まるんだぞ!」と怒号が飛び、「興奮しないでください」という江川の名セリフが飛び出した。

この時、江川に用意されていた背番号は3番だった。当時、巨人の監督だった長嶋の現役時代の背番号である。実に皮肉な背番号を当て付けられたものだ。

同じ日、巨人のエースだった小林繁は巨人の宮崎キャンプへ行くために、羽田空港にいた。しかし、巨人関係者に呼び止められ、江川とのトレードによる阪神行きを通告された(その後、野球協約を守るため、各々の単独トレードという形となった)。結局、江川は開幕日の4月7日に巨人へ正式に移籍、背番号3の縦縞ユニフォームに袖を通さないまま阪神OBとなった。

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