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「事実」と「真実」は違います。生きていくにはどっちが重要?~その1~

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2013.08.06

事実は1つです。一方、真実は皆が信じたことです。この真実がいつの間にか事実にすり替えられてしまうこともあります。これが人生の落とし穴と言われています。でも、他人の噂は75日です。事実を貫いて生きていった方が最終的には勝ちの人生だと思います。人は騙せても自分は騙せないからです。

「事実=真実」と勘違いしないようにしましょう!

哲学的分野では、「真実は複数あっても、事実は1つしかない」と言われています。真実とは、多くの場合、事実に対する人の評価を伴うので、真実=事実ではないのです。

IT化社会の昨今、ネットや通信媒体によって人の口にのぼった出来事は、みんなが信じたことが「真実」となるのです。それが事実とはかけ離れたただの興味本位の噂だとしても、いつの間にかそれが事実であるかのように錯覚してしまうのです。

いくら否定しても、世の中の通説は「真実は1つ」と信じられ、ニュースや新聞その他通信媒体で広まった噂がいつの間にか真実としてささやかれてしまうのです。でも時間はかかっても必ず事実が証明されていきます。ガリレオ・ガリレイの天動説が認められたのはガリレオが死亡して300年以上経ってからですが、必ず事実が勝つのです。

社会の中で上手く立ち回るには真実が重要です!

最終的には必ず事実が真実よりも勝ちます。だから事実の方が重要です。但し、世の中上手く生きて行くには、ガリレオ・ガリレイのように死んでから勝っても仕方ないようにも思います。今の時代、地動説と天動説で争うような科学的な証明論争は一般人には関わりの無いことでしょう。それよりも一般人に降りかかりやすいのは、男性は特に「痴漢」の冤罪です。

恐ろしいのは、今の時代、痴漢を女性が訴えたら、多くの場合たとえ冤罪であっても勝つのは難しいと言われています。一旦痴漢疑惑をかけられ警察に連れていかれたら、事実は「痴漢は女性の誤解」だとしても「やってない」と言い張っていたら、裁判になり、多くの場合その裁判に勝つのは容易なことでないと言われています。

本当に冤罪だとしても、痴漢で警察に留置されたことが噂になっただけで「痴漢犯」として噂が立ち、たとえ裁判になって判決が確定していなくても、会社はクビ・リストラ対象となってしまいます。人の噂が真実を作り上げ、事実であるかのように誤解されてしまうのです。恐ろしいことです。

痴漢で捕まったことが会社にバレたらお終いなのです。冤罪であろうとなかろうと痴漢の犯人にされてしまうのなら、痴漢を認めて弁護士を立て示談にしてもらった方が良いと判断し、何も悪くないのに痴漢をしたとして慰謝料を被害者に払う人が増えています。

会社をクビになってしまったり、痴漢の噂が立ってしまうだけで、地位のある人ほど世の中から抹殺されてしまいます。子供がいたら、学校で痴漢をしたお父さんの子供としていじめられるかもしれません。生きていくため、家庭のために甘んじて罪を認めることを弁護士でさえ勧める時代です。

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