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脚見せ大国ニッポンにおける女子の下半身史50年をおさらい

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2013.09.11

脚見せ大国ニッポン

現代は、とてもいい時代です。若い人は、そのありがたみがわからないかもしれませんが、日本に50年以上生きている筆者は、「今の時代ってとてもとてもいい時代だなあ」と街に出る度につくづく思うのです。それは、女の子のあのミニスカート、そしてショートパンツ。ほとんどパンツが見えそうじゃないか!

まあ、見慣れてくると、だんだん普通、当たり前に見えてくるのが不思議ですが、筆者の知り合いには、敬虔なイスラム国からやってきた青年がいるんですが、「どうして日本は、こんなに女の子が脚を見せているのですか?もううれしくてたまりません」と泣かんばかりに感激していました。

ニューヨークから来た青年も、「若い女の子が、あんな格好をして大丈夫なんですか?レイプされないんですか?それともコールガールなんですか?」

実際、日本を知らない外国人は、日本の超ミニ元気JK、JC を見て、「日本の街角には、若いコールガールがあふれている!」と勘違いする人がいるとかいないとか。まあ、それほど日本の女子は、世界的にもありえねえくらい脚とか尻とか見せまくっているんですよね。

日本にもかつて「暗黒時代」があった

昭和2年の関東大震災の時、まだ日本女性がほとんど着物姿で、着物の場合ノーパンなので、火災の起こったデパートから飛び降りて逃げる時、着物のすそが乱れてあられもない姿になるのをためらって、ぐずぐずするうちに逃げ遅れて多くのデパガが逃げ遅れて亡くなった。

それで洋装が普及した、などという逸話があるのですが、これはちょっと都市伝説くさい話。まあ、洋装になっても、あまり女子は脚を見せるなんてことはありませんでした。

それから第一の暗黒時代、昭和前半の戦争時代は、あのだぼだぼのモンペが主流。それだけでも戦争なんかやるべきではない、と言えますね。戦後はアメリカの文化が入ってきて、皆、アメリカ女性風の格好をしだしたけど、本格的な脚見せまでには至りませんでした。

で、女子が本格的に脚見せを始めだしたのが、今から40数年前。ミニスカートが欧米から紹介された時でした。この時来日したのが、イギリスのファッションモデル「ツイギー」

筆者はこの時小学生でしたけど、ツイギーはなんだかやせっぽちで、自分的には全然可愛くなくて、なああんだ、という感じでしたけど、とにかくこれで日本の女子の脚見せ気運に火がついたのです。

で、それからはミニスカート全盛。とにかく猫も杓子もミニミニミニ。皆、知らないと思うけど、今還暦をお迎えになっている黛じゅんなんて歌手の方は、「ミニスカートの女王」なんて言われていまして、いまだにミニスカートで歌っていますね。

そして第二の暗黒時代がくる

昭和40年はじめのミニスカート旋風が収まると、なんと今度は、「パンタロン」と「マキシスカート」という時代が来たのです。これが昭和40年代後半から。

パンタロンというのは、いわゆるラッパズボンという奴で、これに上げ底のサンダルを履いて、脚の長さをごまかす。また、マキシスカートもくるぶしまで隠れる長いスカートで、ミニとは対極。まさに暗黒の時代でしたね。マキシだのパンタロンだの流行らせた奴出てこい!

しかし、再びミニの時代が来た!

それから長らく、ミニでもマキシでもない混沌の時代を経て、今2010年代は、まさにミニ天国。特にJK、JC のミニ度は、度を越えてますなあ。

しかし、ちょっと最近は不吉な影が忍び寄っている気配が。それは、ショートパンツの存在です。同じ美脚ファッションでも、スカートではなくショートパンツ。これなら、いくら脚を出してもパンツは覗かれる心配がないと女子の間では大流行。

ううむ、当方としてはもちろんマキシの時代の暗黒に戻る気はないけど、さりとて、「脚は見せたいけどパンツは見せたくない」という堕落した産物のショートパンツを許してもいいものか。

え?何もお前のために履いている訳じゃないから、気にしなくてよろしい。あ、そうですか。そうですよね。

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