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世代で括られる若者-ハチロク世代の言い分

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2014.05.26

団塊の世代、団塊ジュニア、ロストジェネレーションなど、これまで若者は何かと言うと記号化されてきた。分類され定義されてきた。それは今に始まった事ではない。

ゆとり世代という言葉がある。フリー百科事典のWikipedeiaに拠ると、一般的には1987年生まれ以降を指すとされているそうだが、この部分は明確に決まっているわけではないらしい。

筆者は1986年生まれであるため、ギリギリ「ゆとり世代」の定義からは外れている。その代り、「ハチロク世代」と言う別の記号を付けられることがある。


ハチロク世代とは何か。勿論トレノ・レビンの事ではない。1986年前後の生まれを指すのだが、定義としてはWebやPCの進化と共に成長し、所謂IT革命と共に青春を過ごした世代の事を指すそうだ。

私が小学5年生の頃、視聴覚室はパソコン室として名前を変えた。当時プレイステーションが爆発的に売れ始めた頃で、私は昼休みになるとパソコン室へ向かい、当時流行っていたRPG「レガイア伝説」の攻略法を丹念に調べたりしていた。

インターネットとは「Yahoo!Japan」のことだと、この頃は思っていた。中学生になると、ノートパソコンも普及し始め、高校生になれば家にパソコンが有るのが当たり前、携帯電話を所持している友人がほとんどで、メールで淡い恋のやり取りなどもした。

大学生になると、所謂「Web2.0」だの「IT革命」だのを迎え、ミクシィやモバゲーなどのSNSサイトに嵌ったり、Youtubeで面白い動画を探しては、友人と笑い転げていた。

Amazonで買い物をすることにも抵抗がなくなっていった。携帯電話の機能も格段に上がった。反面ウイルスや架空請求などの脅威にもさらされ、傷つきながらたくさんの事を学んだ。

ITバブルと言う言葉が生まれ、急成長する企業が増えた。就職活動時には、IT系を目指しているというのが、一種のステイタスでもあった。各個人に新しい成り上がりストーリー、野望を持てる時代の到来だと思った。

そんな我々を指す言葉として、先日ある取引先のAさんから、「ETC世代」というものを聞いた。内容は、ETCのバーのように距離感が掴めず、中々心を開いてくれない、開くタイミングも分からない若者を総称する言葉だそうだ。

総じてコミュニケーション不足に起因するもの、ゆとり教育の弊害だ、とAさんは続けた。当然その場はニコニコしてやり過ごしたが、心は憤慨していた。Aさんには申し訳ないが、それは言いがかり以外の何でもない。

まずはコミュニケーション不足という点だが、これは大きな誤解だ。我々の世代は、学校などで直接会う友人以外に、インターネットや携帯電話が普及し、より広範囲の人と対話できる機会が増えた。

直接対面以外をコミュニケーションと呼ばないというのは暴論だ。様々な年代、性別の人とコミュニケーションを取ることが当たり前だった。

ゆとり教育の弊害という言葉もよく聞く。無能だという。これも間違いだ。明らかに前の世代よりも高度に変わった文化の中で対応し、使いこなしてきたのだ。それも平均的に底上げされた上で。誰も彼もがメールを打ち、インターネットを使いこなし、いとも簡単にSNSへ画像をアップできる時代なのだ。

当たり前の事が出来ない、マナーがなってない、元気がないという言葉もよく聞くが、何でも器用にこなす人もいれば、礼儀正しい人もいる。当然ハツラツとした笑顔で挨拶のできる人もいるだろう。

逆にそれができない人がいたとして、そんな人はどんな世代にもいる。どれほど自分たちの世代だけが上等だったというのか。

結局はそれこそETCのように、見慣れないもの、あるいは自分にとってよく知らないものに対して嫌悪や恐怖を抱いているに過ぎないのだ。それらに名前を付けて、記号化して、安心しているだけだ。

それは何度も時代を経て繰り返したことでもある。決まって「最近の若者は」と言う言葉を使って。そして、最後には時代のせいにする。

はっきりさせておこう。一生懸命働いて、汗水たらして、こんな素敵な時代にしてくれたのは貴方たちだ。自ら自分たちの功績を貶めることは無いだろう。

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