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甲子園の銀傘に轟くやまびこ打線!最強・池田伝説!

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2013.08.21

史上最強の高校野球チームはどこか?

2012年の高校野球は大阪桐蔭(大阪)が史上7校目の春夏連覇を達成した。一発勝負で、しかも番狂わせが起こりやすい高校野球で連覇というのは至難の技である。

高校野球ファンが2人以上寄れば、必ずと言っていいほど巻き起こるのが「史上最強の高校はどこか?」という議論である。松坂大輔の横浜(神奈川)か、KKのPL学園(大阪)か、いや同じPLなら立浪和義の代の方が強い、などと熊さん、八つぁんに与太郎交えての大激論となるのがオチだ。

かつて、そんな議論に必ず名前が挙がったのが、1982年夏、83年春と夏春連覇を成し遂げた池田(徳島)である。だが、現在ではほとんどの打撃記録が塗り替えられ、最強議論にその名が挙げられることはなくなった。でも、最強かどうかはともかく、池田ほど強烈なインパクトをファンに与えた高校はないだろう。

徳島の田舎高校が、蔦監督の元で大躍進

池田は徳島県の山奥にある県立校。最初に注目されたのは1974年春、部員僅か11人ながら準優勝した時だった。ハンディを乗り越えた快進撃に「さわやかイレブン」と騒がれ、同時にチームを率いた元プロ野球選手の蔦文也監督が注目された。

1979年夏にも準優勝。優勝まであと一歩に迫りながら、8回裏に箕島(和歌山)のスクイズにより逆転され、大旗を逸した。この時、蔦監督は「細かい野球では、箕島のようなより緻密な野球には勝てん」と悟ったという。それが後年のチーム作りに活きたのだろう。

高校野球に革命をもたらした「やまびこ打線」

1982年夏、蔦監督が自信を持って甲子園に乗り込んできた。エースは大会一の豪腕と言われた畠山準。だが、それ以上に自信を持っていたのが打線だった。

池田は順当に準々決勝へ進出。対するのは優勝候補の早稲田実業(東東京)だ。エースの荒木大輔は一年夏に準優勝して以来、優勝経験こそないものの5季連続甲子園出場し、この夏が最後の甲子園。荒木は最後の夏に全てを賭けていた。

しかし、池田打線は荒木の野望を打ち砕く。初回に二年生の江上光治が先制ホームランを放つと、6回にはやはり二年生の水野雄仁がセンター左へ超特大ホームランをブチ込み荒木をKO。

さらに池田はリリーフの石井丈裕も水野の満塁ホームランなどでメッタ打ち、14-2で大勝した。後にプロで活躍する荒木と石井という2人の投手から14点ももぎ取ったのである。一年生の頃から甲子園の人気を独占していた荒木が、下級生たちに引導を渡された。

その後も池田は勝ち進み、決勝戦では精神野球の広島商業(広島)を12-2で粉砕し、見事初優勝。その圧倒的な打撃力は「やまびこ打線」と呼ばれ、「塁に出ればバント」という高校野球戦法の常識を覆した。

真の革命だったのはトレーニング方法

しかし「やまびこ打線」は一朝一夕で誕生したのではない。当時はタブー視されていたウェイトトレーニングを採り入れたのである。高校野球を変えたのは、革命的なトレーニングだったのだ。

さらに、県立校ながら池田には野球部寮もあった。後援会長の自宅を改造したものだ。徳島県には学区制がないので、県全域から生徒が集まる。そのため、野球部寮が必要だった。

ちなみに、徳島県は全国で唯一の「私立校が甲子園出場したことがない県」である。野球部寮に住む部員たちは近くにあるレストハウス・ウエノで食事を摂る。肉料理中心のメニューがさらにパワーアップさせた。レストハウス・ウエノは池田を応援しており、超安値で野球部員に豪華な食事を提供していたのである。

翌春のセンバツでも優勝。史上初の夏春夏3連覇に期待がかかるが……

畠山らは卒業したが、水野がエース、江上が主将となり、翌センバツでもやまびこ打線は甲子園の銀傘に轟いて、夏春連覇を達成した。あまりの圧倒的な強さにファンは史上初の夏春夏3連覇を信じて疑わず、「池田こそ史上最強チームだ」と思われた。

池田は期待に違わず、夏の徳島大会を制して甲子園にやってきた。準々決勝で最大の難敵と言われた中京(愛知、現・中京大中京)を破り、3連覇は間違いなし、と誰もが思った。しかし、思わぬ伏兵が現れたのである。

準決勝、エースの桑田真澄と四番の清原和博という一年生中心のPLに、0-7で完敗。特に桑田には特大ホームランを打たれ、さらにやまびこ打線が完封を喰らってしまった。前年は上級生の荒木に引導を渡したが、今度は池田が下級生、しかも一年生に引導を渡されたのである。どんな優れた作家でも、これほどまでに完璧なドラマは描けまい。

今では低迷している池田。でも、高校野球に与えた影響は大きい

現在はどの高校もウェイトトレーニングを行っているため、池田は優位性がなくなり低迷しているが、高校野球を変えたのは間違いなく池田である。それと共に、やまびこ打線の鮮烈なイメージが筆者の脳裏に焼き付いている。

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