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ラグビー日本代表がウェールズに歴史的初勝利!

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2013.07.27

日本ラグビーにとって記念すべき日

2013年の6月15日、東京の秩父宮ラグビー場で日本×ウェールズが行われ、日本代表が23-8で快勝した。ウェールズと言えば、北半球6ヵ国対抗で2連覇している、この試合の時点では世界ランキング5位のチームだ。

一方の我らがジャパンは同15位。実力差が試合にハッキリ出るラグビーでは、10位の差はとてつもなく厚い壁である。しかしこの日、ジャパンはその厚い壁を打ち破ったのだ。

テストマッチの意味

体格で劣る日本のラグビーは、ずっと世界の厚い壁に跳ね返されてきた。

ラグビー・ワールドカップ(W杯)が始まったのは1987年とサッカーに比べて歴史はかなり浅いが、それ以前は世界一を決める大会はなく、旧IRB(国際ラグビー評議会)加盟8ヵ国(イングランド、スコットランド、ウェールズ、アイルランド、フランス、ニュージーランド、オーストラリア、南アフリカ)による対抗戦で強弱を競っていたのである。

この対抗戦を「テストマッチ」と言い、テストマッチに出場することがラガーマンにとって最高の栄誉とされ、出場した選手には「キャップ」という称号が与えられた。それは今でも変わりはない。

ジャパンは旧IRB加盟国に何度も挑戦し、そして何度も跳ね返されてきた。特に70年代に世界最強と謳われ「レッド・ドラゴン」と恐れられたウェールズと、75年に対戦した時は6-82という惨敗を喫した。世界との差をまざまざと見せ付けられたのである。

だが、その評価が一変したのが83年のウェールズ遠征。敵地に乗り込んだジャパンはウェールズ代表と対戦、敗れたとはいえ24-29という大接戦を演じ、ウェリッシュの度肝を抜いた。この一戦は30年経った今でもウェールズでは歴史に残る名勝負として語り継がれているほどである。

しかしそれでも、ウェールズ協会はこの試合をキャップとは認めなかった。なぜなら日本は、旧IRBの正式会員ではなかったからである。つまり、ジャパンは格下扱いされたわけで、ウェールズの選手たちにはキャップの授与はなかった。

ジャパンが初めて旧IRB加盟国に勝ったのは89年のこと。来日したスコットランドに対し、28-24の歴史的勝利を収めたのである。しかしこの試合も、スコットランド協会はテストマッチと認めなかった。

理由は、ちょうどこの時、4年に1度結成されるブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズ(イングランド、スコットランド、ウェールズ、アイルランドの連合チーム)のオーストラリア遠征のため、スコットランドは主力を取られてベストメンバーではなかったからである。

W杯で敗れ続けたジャパン

ジャパンはW杯には7大会全てに出場しているが、その戦績は1勝21敗2分と惨憺たるもの。その1勝というのは格下のジンバブエで、旧IRB加盟国には全く歯が立たなかった。特にウェールズとは3度戦い、10-57、15-64、18-72と、いずれも大敗している。W杯の試合は全てがテストマッチで、本気の場ではジャパンはウェールズに全く相手にされなかったのだ。

さらに04年のヨーロッパ遠征では、ジャパンはウェールズに対し0-98という、75年以上の屈辱的大敗を喫している。もはやジャパンは、ウェールズを含む旧IRB加盟国に勝つことなんて不可能ではないか、とさえ思われた。

テストマッチでウェールズを破った意義

それが13年、ジャパンはウェールズに初勝利した。予感はあった。秩父宮での試合の1週間前、大阪・近鉄花園ラグビー場でウェールズと第1戦を行い、敗れたとはいえ18-22と大接戦を演じた。おそらくジャパンの選手達は、次やれば勝てると自信を持ったのだろう。そして1週間後の秩父宮では、点差でも内容的にもジャパンの完勝と言ってよかった。

ただし今回のウェールズは、89年のスコットランドと同じくB&Iライオンズに主力選手を取られ、ベストメンバーではなかった。それでも現在ではIRBの組織が変わり、日本も加盟しているので、今回の試合はテストマッチ扱いになっている。つまり、正式なテストマッチとしては、ジャパンは初めて旧IRB加盟国に勝ったとも言えるのだ。

11年のW杯は3敗1分に終わった。その後、ジャパンのヘッドコーチにエディー・ジョーンズが就任。さらに、エディーに見込まれて主将に就任した廣瀬俊郎がエディー体制を支えた。代表チームとは思えない厳しい練習を課し、ジャパンは生まれ変わりつつある。その結果がウェールズ戦初勝利に繋がった。

15年にはイングランドで、そして19年には日本でW杯が開催される。目標はW杯2勝目などというチャチなものではなく、世界8強入りだ。エディー・ジャパン廣瀬組は、ウェールズ戦勝利という形でそれを示した。この日、秩父宮のスタンドを埋め尽くした21,062人という超満員の観衆は、歴史の生き証人となった。

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