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「オーロラツアー」の醍醐味とその感動を大切な人と共有することの重要性

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2013.05.27

誰もが一度は見たことがある「オーロラ」であるが、それを実際に見たことがある人は限られている。日本に住んでいると、いや世界中のほとんどの人からすると、なかなか見る機会がないのが現状であろう。

記憶にあるのは、テレビなどで見た「オーロラ」であるのがほとんだろう。もし、手軽にオーロラが見ることが出来れば、おそらくほとんどの人は一度は見てみたいと思うのではないだろうか?

この感覚は年代によって多少違うのかも知れない。と言うのは、海外旅行が疎遠であった世代から現代の若者まで、海外との距離感が大幅に変わってきているので、年代により感覚が違ってきている為である。が、それでも地理的な条件を考えると「オーロラ」と言うのは、一般的に難易度の高い旅である。

オーロラツアーをご存知ですか?

そんな「オーロラ」だが、最近旅行会社のツアーが多く組まれているのをご存知だろうか?「オーロラ」を見るのを困難にさせている条件の一つが、オーロラが発生する場所である。「オーロラ」が、よく見られる地域は「オーロラ帯」や「オーロラベルト」と呼ばれている地域である。

この地域の緯度は、およそ60度から70度のあたりで、有名な場所は、カナダのイエローナイフ、ユーコン準州のドーソンシティ、スウェーデンのキルナなどがある。地名や緯度を聞いてピンと来た方もいると思うが、どの地域も日本から遠く離れていて、そして非常に寒さが厳しい地域である。

そこに行く装備も含めて、準備をするとなると大変なのが実情だが、旅行会社のツアーで行けるとすると、大きく敷居が下がる。旅行会社によっては、オーロラ観測時の服装などの装備を無料または有料のレンタルシステムを採用している。

つまり一般の人でも容易に参加が出来るし、また自分たちで行くことを考えると、装備、泊まる所、見るポイントなどやることは沢山あるが、旅行会社である程度考えてくれるし、注意や準備、段取りをしてくれる為、本来 考えなければいけないリスクも大きく減らすことができるのみならず、日程や移動手段に関しても心配は要らない。

特に家族や友人、恋人行く場合には、安全や安心は大切な要素である。

大切な一瞬を取り戻す時間

旅慣れた人々からすると、こういった団体旅行を好まない傾向があるのは確かだが、リスクが大きく伴う場所においては、こういったツアーを利用するもの一つの手である。

あるいは恋人、家族、友人と行く旅行であれば、このツアーというのは大きな魅力の一つである。私はこの「オーロラツアー」と言うのは、綺麗な所を回ったり、有名な所に行ったりする普通の観光ツアーと少し意味合いが違うのではないかと思う。

その理由の一つとして、相手が自然現象である事や神秘的な自然の造形であることなどが挙げられるが、例えばこんな風に考える。

現代の子供は、テレビ、パソコン、ゲームとデジタル機器と切り離せない生活を送っている。なかなか自然に触れ合う機会はなく、興味の中心はどんどん内向きにならざるを得ないのが現状である。

その環境では、親とのつながりや共有、共感などはなかなか生まれて来ないのではないだろうか?もし「オーロラ」を一緒に見る。と、言う機会があれば、子供の視点は自然と外の世界へと切り替わる。

また、自然現象を親子で一緒に待つ、見る、感動すると言う一つの目的を共有できる。もちろん オーロラが見れれば、共感が一層強くなるであろう。

時間を共有することの重要さ

この共感こそが、心のつながりの元となるのではないか?これは今の日本の生活では、なかなか共有することの出来ない体験であると思う。この共感や一体感こそ、家族や子供との絆の元であるように思われる。

もちろん これは、他のものでも代用はできるし、日本にいても築ける人もいるが、一般論としてはデジタル機器社会が進むと、親子も含めて人の絆は薄れていくのもまた事実である。

もちろん、この体験は子供にとってそれだけではない。待つという行為の重要性も、大きな意味の一つであるし、相手が自然であると言うのも子供の心象には、非常に大きなものである。

考えても見て欲しい。現代の子供は、ゲームにしろ、自分主体で待つと言うことがあまりない生活に慣れている。つまり、むかしのように待つ楽しさが無くても、楽しさはすぐそこにある。

この「待つ」と、言うのは非常に大切な行為である。もちろん 他にも日本と違う海外の生活様式や文化、外国人との交流も、子供に大きな可能性と視野の広さを与える。

また 現代の子供は、自然を相手にするのは稀になってきている。その遥かに大きな自然を肌で感じながら過ごす時間は、日本の環境ではなかなか与えるのが難しい一つとなりつつある。

この大自然を感じるの事は、子供の心に大きく響き、ゲームなど自分の知っているだけの世界から、別の世界を認知する大きなきっかけになる。

気持ちの中に残り続ける感動と言う心

これは何も子供だけに言えることではない、「恋人同士」「夫婦」「友達」であっても、形こそ違え実際の人々の心に起こる現象は、親子と基本的に変わりはない。

通常 味わうことの出来ないこの「感動の共有」こそ、我々多くの現代人が忘れていることではないかと思われる。そこに他の観光旅行とは、大きな意味の差がある。

「オーロラ」が見える瞬間、それだけでも我々に大きな感動を与えてくれるが、我々の心に起きる変化は、決してそれだけではなく、むしろそちらの方が実際は大きなウエートを占めると言っても過言ではないだろう。

言葉としては、「オーロラを見た」と感想になるかもしれないが、誰と一緒に見て感動したかは、言葉に出ない部分で確実に心の中に永遠に刻まれる。

日頃 忘れがちなこの人との「共有」の時間は、お互い、特にこどもにはいつまでも大切な時間として記憶や感情に刻まれる、例えその事実は忘れても、感情と言う奥底では、言葉にならないイメージとして深く記憶され、人生の中でも最も大切な「一つの時間」として生涯残って行くであろう。

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