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京都には風葬地という怖い場所が3箇所もあります。さてどんな場所?

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2013.12.08

京都には鳥辺野(とりべの)、化野(あだしの)、蓮台野(れんだいや)という3箇所の風葬地があります。風葬地とはいわゆる死体置き場。そんな怖い京都の一面とは?

京都にはかつて風葬の地というのがありました。風葬の地というのは、亡くなった方々の遺体が捨てられて野ざらしにされていた所なんです。平安時代に火葬をされていたのはお金持ちの一部の方々のみで、それ以外の方々は風葬の地に運ばれて捨てられていたんです。その場所は鳥辺野、化野、蓮台野の3箇所です。

鳥辺野

鳥辺野とは清水寺南から泉涌寺近辺の一帯、阿弥陀ヶ峰(あみだがみね)周辺です。平安時代の京都は雅なイメージがありますが、高貴な身分の人以外はこういう所に運ばれて捨てられ、火葬される事も無く、野ざらし状態だったんです。

平安京の区画整理された所から、ほんの少し離れただけのこの地域にたくさんの遺体が野ざらしになっている訳ですから、夜にそのあたりに行くと異様な雰囲気だったのは間違いありません。古来から恐ろしい怪談話が出来るのも理解に易い話です。

しかし当時の平安京は、死体置き場まで運ぶ事の無い遺体も転がっていたんだとか。更に糞尿も多くて、死臭と合わせるととんでもなく悪臭のする都だったんだそうですよ。

化野

化野は嵯峨野という場所にあります。京都で有名な嵐山に行かれた事がありますでしょうか?嵯峨嵐山と言いまして、そこが嵯峨野の地。そこから徒歩20分くらい北上すると、化野念仏寺という場所があります。

そのあたりが風葬の地だったんです。野ざらしだった沢山の遺体を弘法大師空海が供養した事によって、今は化野念仏寺というお寺になっております。

蓮台野

京都市内の北の方にある大徳寺というお寺の近くです。近隣に船岡山という山がありまして、その船岡周辺を「紫野(むらさきの)」と言います。なぜかと言いますと、3つのうちの風葬の地の一つである蓮台野に遺体を運ぶ際に、千本通という道を通って運んでおりました。今でも京都には千本通という道はありまして、昭和40年代には一大歓楽街でした。

今でも千本商店街という商店街が賑わっております。しかし、平安時代の千本通は死体を運ぶ道だったのです。葬送の地への道の千本通には卒塔婆(そとば)が千本立てられていたので千本通といいます。そして、遺体を運ぶ際に血が流れ、周囲が遺体の血の色で染まっていたので、紫野という地名になったんだそうですよ。

ちなみに他にもこういう説もある様ですね。天皇や貴族の遊狩地であるこの地域に、染色に使う紫草が生えており、その色がたなびく雲に映って紫になっていた。紫は高貴な色なので、昔は天皇家の離宮である雲林亭などが営まれる風光明媚な地であった。雲林亭は今も残っています。

他にも京都には怖い場所があるの?

実は京都には怖い場所が沢山あります。平清盛が平家一門の拠点とした六波羅の地も怖い場所なんです。そのあたりは、あの世がモチーフとされていて、鴨川よりも西側がこの世、鴨川よりも東側があの世とされています。

つまり、鴨川は三途の川に見立てられ、それより東があの世と見立てられていたそうなんですが、そのあの世である大和大路と松原通の交差点に姥ケ堂(うばがどう)というお堂があったそうなんです。三途の川で死者の衣服をはぎ取るという奪衣婆(だつえば)を祀ったというお堂です。ここで、天国へ行くか地獄行きか判別されるんです。

その近隣には六波羅密寺という寺院と、六道珍皇寺というお寺があり、お盆の季節には迎え鐘という鐘をついて、ご先祖様をこの世にお迎えをするのです。そして、京都の夏の風物詩である五山の送り火によって、ご先祖様の霊はあの世に帰って行かれるのです。

ちなみに、この六波羅の地には幽霊子育て飴という飴を売っているお店があります。毎晩の様に、夜な夜な飴を買いに来る女性を不審に思った店主が、その女性の跡をつけてみると、何とお墓の中に入っていきました。

身ごもったまま亡くっていた女性だった様で、お墓の中の女性の遺体には生きた赤ちゃんがいたのです。その赤ちゃんに食べさせるために女性は毎晩幽霊になって飴を買いに行っていたという逸話のあるお店です。

京都には歴史的に怖い場所や、精神世界や宗教的な解釈で怖い場所、そして、それにともなってある、怖い怪談話が多い古都なのでした。

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