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相手の期待に応えるための行動と自分の理想のための行動の大きな違い

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2013.08.17

いつも周りから褒められている人、その人と比べられて「自分もそうならないといけない」と感じたことはありませんか?普段周りの人と接していて楽しいと感じる反面、どこか疲れたり会いたくないといった気持ちが強くなると、それは付き合い方を見つめるサインかもしれません。

人の期待に応える人生は疲れる?

人は知らず知らずのうちに、周りの人の期待に応える人生を選び、それが人生の意味が分からなくなる理由の1つでもあるようです。人生の意味は周りの人の期待に応えることと決めている人がいても、では全ての人の期待に応えることが出来るかどうか。

本の評価サイトを見れば、とても優れた書籍でも低評価をする人がいて、それが分かりやすいという人もいれば分かりづらいという人もいて、全ての人の期待に応えるのは難しいかもしれません。

では、自分が期待に応えたい人だけを相手にするというのも考えられるかも知れませんが、それをしている時、果たして自分らしさや満足感、幸せなどを感じるでしょうか。

親のため、家族のためを基準にした人生は、もちろんそれを追求すると相手の期待に応えることが出来ると思います。ですが、期待と失望は常に隣り合わせで、一時的な期待に応えられたとしてもより高い基準の期待に応えようとしたり、別の角度の期待に応えようとするとだんだんと無理が出てきます。

そして、それに役割を感じ始めると誰かのためにやることに犠牲感を感じたり、そのためにやりたくない仕事をしていれば、さらに自分らしさを見失う可能性もあります。

普段から感謝出来る人は相手に対する期待が膨らむことを抑えられるかも知れませんが、期待が膨らみ続けるといくら物を買っても満たされない気持ちも出てくるでしょう。

では、なぜ相手の期待に応えないといけないと感じるのか、それは最初はやってあげたいと思ったからだとしても、感情、思考、行動の役割にハマって自由を感じなくなると、愛が役割に変わるようです。

自分らしい人生とは何か?

たとえお金持ちになっていたとしても、それでも人の期待に応える行動になっている人もいて、お金さえ増えれば問題解決にならない場合もあるようです。

そして、人に「お前はつまらない」というようなことを言われて、もっと面白くなろうと自分以外の自分を演じようとしても、たとえそれが周りから受け入れられたとしても自分の中の愛されたいという気持ちからしている行動には変わりありません。

なので、その愛されたいという気持ちが自分を疲れさせ、人から条件的に愛される恐怖を感じ、そんな不自由な自分のために自由な人を見るとイライラしたりします。

そうした周りの期待に応えることが生きる基準になると、たとえ何もかも上手くいっていると感じたとしても自分らしさを感じないことが増えるようです。

自分らしいと感じる人生を生きたことがある人は、その時夢中になり自分と周りの人が好きで、何かに没頭していたと思います。そして、それを仕事にしている人もいて、必ずしもやりたくない仕事じゃないとお金が稼げないというわけではないのが、自分らしさを追求する動機になると思います。

どちらに時間を使うか?

幸せに生きている人とそうでない人の違いは、お金の量や賞賛の量にあまり関係なく、それより自分らしさや充実、心の平安を感じる活動をしているかどうかが大部分を占めているシンプルなもののようです。

自分らしく生きる方に時間を使うか、周りの期待に応えるために時間を使うか、1日24時間をどう使うかが人生を形づくる大きなパーツではないでしょうか。

才能は、ずっと続く情熱のようなもので、それは最初下手でも関係なく、ただ人よりずっと続けられるか、夢中になって時間を忘れるぐらい没頭出来るかが大切なようです。

誰もが役割より自分らしく生きたいと思う人が多いでしょうが、生活のためにお金を稼ぐ、欲しいもののためのお金を稼ぐことに時間のほとんどを費やしているかもしれません。

ですが、自分が情熱を持てることに時間をかけると嫌でも才能が分かってきて、それを活かすのは自分次第ですが才能の形が分かってくることは明らかです。

自分には才能がないと言ってしまうのは簡単ですが、それを見つけて新しい自分の人生をスタートさせようとするのは勇気がいることかもしれません。ですが、自分のペースでも才能を認め、開花させることにエネルギーを注ぎ始めると、だんだんとそれが現実のものになってくると思います。

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