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記憶障害?証拠で自分の記憶の真偽を確かめる方法

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2013.10.07

自分の記憶が曖昧な事ってないです?わたしはしょっちゅうあります(笑)。というよりも、これはわたしに限らず誰にも言える事だと思います。

記憶というのは、その人がどう思ったというだけのただの主観に過ぎず、事実や答えではないからです。「え、そんな事言ってないよ?」「いや、言ったよ。絶対言った。とぼけないでよ!」・・・なんて会話は、あなたも何度もしてきたはずです。

これは別に相手が忘れっぽいとか、自分の記憶がうろ覚えだとかそういう事ではないんです。あなたはそう解釈している。相手はこう解釈している。ただそれが異なるだけで、どちらが正しいとか、間違っているというのはないんですよね。そこが分からず、延々とこういう話をしているのは不毛というか時間と労力の無駄です。

発言をテープに録音している・・・とかならまだ証拠があるので別なんですが、そうでもない限り、どちらが正しいと立証する術はないのです。そして毎日、誰かと話すたびにテープに音声を録音する・・・なんて事をあなたはしたいですか?なので、大事なのは時間を無駄にしないために、さっさとこういう事から離れる事が重要になってきます。

仮にもしそれがとても大事な問題であったとしても、どっちが言ったとか言ってないとか、そんな会話を続ける事に意味などありませんし、それを続けたとしても何も得られるものはありません。

なので、早急にどうすればいいか、お互い納得いくか、和解出来るのかを考えるべきでしょう。ただ、テープもない状況でどうすれば自分の記憶の真偽を確かめられるか、知りたくはないですか?別に相手を言いくるめるためなどではなく、ただ自分が納得したいからという理由で記憶を確かめたいときは、わたしもしょっちゅうあります。

なので今回はわたくしが、いくつかの方法を使って記憶の断片を拾い集め、パズルを完成させる方法をお教えしましょう。それでは最後までおつきあいただき、すっきりした人生を歩まれてください。ではスタートです。

1:写真や手紙など残っている物的証拠をたどる

たとえば、修学旅行であの店に入って、このおみやげを買った・・・とか、別に思い出じゃなくても、そうですねぇ。去年はテーブルをリビングのこの場所においていた・・・・などでもいいです。

先ほどもお伝えした通り、人の記憶というのはその人がそう解釈しているだけというただの主観なので、答えではありませんし、とても曖昧なものなんですね。なので、信じるに値しないというか、証拠にはなりえません。

加えて、人には聞かない方が良いです。いろんな意見が交差するとどれが本当なのか分からなくなってしまい、混乱します。なので、こういう場合は、写真などの物的証拠を観察するのが、一番事実に近づきやすいです。

たとえば、3年前の自宅には自転車があったとします。しかし自転車は壊れて捨て、それから3年も経つと、自転車なんてあったっけ?といった具合になります。人間の記憶なんてこの程度のものなんですね。しかし写真に残っていれば、合成でもしない限り、限りなく事実に近いですし、合成する意味もまたない事に気づくはずです。

手紙なども良いのですが、人の感情というのは移ろいやすく、ころころ変わってしまうため、その時はそう思って手紙を書いたかもしれませんが、今は真逆の気持ちだなんて事は普通にあえりえます。

そして、そもそもその手紙の内容も書いた本人の真意と違う場合もあるので、あてにはなりません。読み手の主観がそこに介入してしまいますからねぇ。なので写真や動画は、記憶をたどるにはとてもいいですね。

2:EMDR

EMDRというのは、Eye Movement Desensitization and Reprocessing(眼球運動による脱感作と再処理法)と呼ばれるトラウマを治療または緩和させる治療方法です。

衝撃的な出来事を経験してしまいなってしまうPTSDや鬱病などにも効果があるとされる心理療法ですね。1とは違い、この人達は生命を脅かす程苦しんでおり、記憶に自信が持てなかったりして、自分の過去の実績や良い思い出なども悲観視してしまい、とても辛い状態にあります。

もちろん医師と相談して受けるか受けないかは決めるべきなのですが、このEMDRと呼ばれる施術を使えば、過去の歪んで解釈してしまった記憶や、自分をそこまでの心理状態陥れてしまった解釈を整理出来るようになります。

普通なら5年10年とかかるところを時間を短縮出来たりするようです。この治療法は非常に効果があるそうで、病気などで苦しんでおられるなら受診するべきでしょう。ただ、保険が効かず高額になるというデメリットもあります。

結局、記憶というのはどれが正しいというのがないのであれば、自分が幸せになるように解釈した方が人生は圧倒的に満たされます。いじめられている事に気づかなければいじめは成立しませんし、いじめている方も呆れてしまうでしょう。つまりは物事というのはどれだけプラス思考で解釈出来るか、それがすべてなんだという結論です。

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