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周到な準備で乗り切れ―準引きこもり社会人のメソッド・飲み会幹事編

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2014.05.30

教育係のKさんが、会社を定年退職することになった。私の営業教育の総仕上げは、Kさんの送別会の幹事であった。

文化系で草食系と呼ばれて久しかった私は、飲み会と言うものにトンと縁がなく、新入社員歓迎会の時に勝手が分からず、酒の注ぎ方や料理の取り分けなどの作法が全く分かっていなかった。

幹事など言わずもがなである。こういう時は経験者に相談するに限る。まずどういう店を選定すればいいのか、そんな基本的な事も分からないのだから。

比較的若手の先輩を訪ね、教えを請う。先輩曰く、「送別会の幹事」というのは難しいとの事だった。送別会に限らず飲み会全ての幹事が未知の世界である私には関係ないとその時は思ったが、中々どうしてやってみるとこれが難しい。

まずは誰を呼ぶかである。送別会は一部署だけの話ではない。何しろ別れの会なのだ。Kさんは定年退職だ。これまで様々な部署を転々としてこられた方で、昔気質の営業マン。

多少強引すぎるきらいはあったが、求心力を持っている人で、どこに行ってもムードメーカーになっていた。つまり、そんなKさんを尊敬する人は複数の部署に点在しているのだ。

あっちをよんでこっちをよばないと角が立つ。微妙な人間関係など新入社員にとって把握できるものではない。
結局は先輩にリストアップして頂き、会の二週間前から一斉メール送信をかけるに至ったのだ。

50人が集まることになった。さすがに50人となると、店選びが難しい。ホテルのホールを押さえてもらい、立食パーティ形式で行う事になった。

次に問題となったのが、誰に乾杯の挨拶をしてもらうかという事だ。通常は宴席で一番偉い人がするものであるが、その場には社長と常務が居たのだ。

社長は親会社から赴任したばかりの40代。常務は叩き上げで、Kさんの戦友とも言うべき50代。そしてこの二人、何かと対立しているのだ。仲が悪いのである。その為、他の執行役員や部長たちをはじめ、社長派と常務派に分かれていたのだ。

私はそんな事情を当然知らなかったし、そんなドラマみたいな話本当にあるんだなと呑気な事を考えた。結局は挨拶を常務にして頂き、乾杯を社長に仕切って頂くことにした。今はその時よりも事情を深く知っているため、振り返って思うと何と恐ろしいものを仕切っていたのかと思う。

しかし、そんな社長も常務も、本当にKさんを慕っていた。改めて偉大な人だったのだとそこで実感した。

送別会が始まってからも、幹事の仕事は大変だった。皆の注文を取ったり、状況を見て盛り上げたり、上司に注ぎに行ったり、会費の計算をしたり―――目まぐるしかった。飲み会とはかくも大変なものかと思った。

そして、おおよその送別会が湿っぽくなるように、最後は涙の別れだった。泣いた酔っぱらいほどたちの悪いものはない。

Kさんのスピーチが心に刺さった。「高崎君は私の最後の弟子です。頼りないですが一年間、愛して育てました。皆気にかけてやってください」私もたちの悪い酔っぱらいになってしまった。

Kさんのいた三十年の重たさを実感することとなり、奮起する思いだった。大変だったが、飲み会の幹事も悪くないと思うようになった。できれば送別会だけは今後も遠慮したいところだが。

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