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ネットワークを遮断する勇気!情報に支配されない自分を作れ!

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2012.12.19

情報の過剰摂取

私たちは加速度的に早くなる情報化社会の中に生きています。日々新しく生まれてくるデジタルガジェットに心を奪われますし、それらを使いこなせないと周囲や時代に置いていかれてしまうという焦りを抱き、日々刻々と流れる情報の波に目を奪われ続けています。

たとえば携帯電話やスマートフォンを朝の出掛けに家に忘れたとしましょう。とりに戻れる時間があれば良いのですが、その余裕がなければあなたは一日情報端末を持たずに過ごすことになります。

とても不安になり、なんだか落ち着かない気分になるかもしれませんね。そんな時、普段自分がいかに流動化する情報に心奪われて過ごしているのかを自覚することができるかもしれません。

リアルタイムに更新され続ける情報、人々の声、誰かの営み、市場の動向、自分へのメッセージ・・・数えればきりがないほどに端末が私たちにもたらす情報の量は多いわけです。それらを常に獲得していないと不安になる。

情報と味覚の関係

しかし、よくよく考えてみれば、その情報が自分にとってどれほどのメリットをもたらすでしょう。単に刺激を常に求めて依存しているだけかもしれない。

冷静に考えてみれば、ネットワークにつながることができない時にこそ、人間は最も感性が研ぎすまされ、周囲の状況に敏感になるとは思えないでしょうか。

いつも刺激的な情報を求めて端末に目を向けてばかりでは、周囲の些細な事象への感動が得られなくなっているかもしれません。

例えば辛いもの(唐辛子や炭酸飲料など)を毎日大量に摂取していれば、その刺激に次第に慣れ、もっと強い刺激を求めるようになるという例を思い起こせばわかりやすいかもしれません。

それを続けていれば当然のことながら味覚が破壊され、味を感じる感性がにぶり、しかも脳内の反応に何らかの影響が生じるかもしれません。

あくまで度を越した場合の話ではありますが、それをやめて正常な味覚を取り戻した時に「淡い味」のよさを感じられるようになる。そこではじめて本当の「味」がなんであるかを知るというような悟りの境地のようなものがあるとする。

それを情報に当てはめても同じようなことがいえるのではないかというのが、私の個人的意見です。

遮断の勇気

「SNS疲れ」などという言葉が流行する時代です。時には情報やネットワークから自分を遮断し、静かに自分と向き合う時間を持つことに意識を向けても良いのかもしれません。

また「ネットで検索すればなんでも分かる」というのも一面では当たっているかもしれませんが、一面では誤っているでしょう。情報は自分の体験とリンクして行動と相乗した時にこそ最大の価値を持ちます。行動なきところにまた有益な情報もありません。

ですから、ネットに接続して情報を追うばかりの時間を「体験」に当て込むことで、接続時間を費やすだけでは得られない多くの価値ある「時間」の獲得を目指すべきだと考えます。

ぜひ、あなたも遮断の時間を意図的に作ってみてはいかがでしょうか。きっと何かに気づけると思います。

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